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レンズの焦点―捨てる神あれば、拾う神あり①
顕微鏡には、フォーカスを合わせるつまみがついている。それを回すと顕微鏡の筒が上下するようになっている(高級な顕微鏡は、標本を置くステージの方が上下するのだが、私が少年の頃、買ってもらった安物の教育用顕微鏡は、筒が上下するタイプだった)。
最初に観察してみたのは、蝶の標本の翅の一部だった。慎重に操作法を確かめ、おそるおそるレンズを覗いてみた。説明書には、筒の先端についた対物レンズを、できるだけ標本に近づけた位置までおろし、そこからつまみを回して、ゆっくりと筒を上に上げながら焦点が合う位置を探すようにと書かれていた。これを逆に操作すると、つまり、顕微鏡を覗きながら、筒を上から下におろしていくと、気づかないまま、対物レンズの先で標本を潰してしまう危険性があるからだ。私は指示どおり、ゆっくりゆっくりつまみを回して、筒を上げていった。レンズの中は、もやがかかったような、雲のような、不定形の影が見えるだけだった。ところがある場所で、そのもやが急に収斂して、突然、くっきりした像を結んだ。ここが焦点だ。この点を少しでも通り過ぎると、再び像は、たちまちもやの中に消えてしまう。私は息を殺して焦点を探り、そこでつまみを止めた。小宇宙が広がっていた。
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【写真撮影】阿部雄介
*地図はジオカタログ社製世界地図データRaumkarte(ラウムカルテ)を使用して編集・調製しました。
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