The Long Week-End 訳註解

『長い週末』という書名は、ビオンの自伝にオリジナルと思っている読者も少なくないようだが、これは明らかに、ロバート・グレーヴズとアラン・ホッジが二つの大戦の間指す際に用いた表現に倣っている(“The Long Week-End: A Social History of Great Britain, 1918-39”)。それは「戦間期」のイギリス社会史を包括的に編集したものであるTheir story covers a wide range of popular and social themes, including politics, business, science, religion, art, literature, fashion, education, popular amusements, domestic life, sexual relations, and much else.(https://en.wikipedia.org/wiki/The_Long_Week-End)。ただ、主題の時期の直後1940年に出版されて1994年まで再販され続けたとのことだが、その記述は「時代の奇妙な焦点を欠いた写真」で、大局観も統合もない、要は羅列だと評されてしまっている。
だが「戦間期interwar」という座標軸を含んだ表現は、ビオンに何かを刻印していたことだろう。ビオンとともにカリフォルニアに渡ったメイソンは、ビオンの人生には恐ろしい経験が二回あったと言う。その一つは、「私はアミアンへの道で死んだ」と書いた第一次世界大戦の経験であり、もう一つは、第二次大戦中に最初の妻を長女出産直後に亡くしたことである。前者で彼は死にゆく部下の身体を抱え、後者で彼は離れた戦地で突然の訃報を聞かされた。フィクションとして著された『未来の回想』は、”no release from that warfare”という「伝道の書」からの引用で終わる。トラウマは、それがあらゆることの原点であるかのように経験を再編成する。戦争状態からの解放はない。そこに区切りはある。さまざまな死と喪失によって。

ビオンが実際に扱っているのは、戦間の時期に限らない。生前に完成させていたLWEで主に書いているのは、彼が第一次世界大戦の惨事に巻き込まれていく様である。グレーヴズとの関係で言えば、主題とした時代よりむしろ、第一次世界大戦を中心にした記述と回顧が、グレーヴズによるGoodbye to All Thatと被るところがある。2人の年齢とキャリアを見ても、グレーヴズが1895年7月24日生で1985年12月7日没、ビオンは1897年9月8日生で1979 年11月8日没、同じ戦場に行きオックスフォード大学に復員し、と重なるところが少なくない。お互いに面識があってもおかしくないほどである。
だが、生き方と文章は、やはりそれぞれである。メグ・ハリスはLWEの書評で、The genre of the work might be described as a hybrid drawn from Goodbye to All That, Lord of the Flies, and 1984.と書いている。この感想がどれほど正鵠を射ているかはともかく、少なくともあと二つ、別の要素があるということだ。
グレーヴズの方は、英語でも邦訳でも、とにかくお喋り、という感じ。そして落ち着きがない。「言葉の癖や身ごなしはグレーヴズ家特有のもので、通りをまっすぐ歩くのが難しいとか、テーブルにパン屑をこぼしてもじもじするあるいは、言いかけた言葉を途中で飽きてほったらかしにする、両手を独特のやり方で後ろに組んで歩く、だしぬけに健忘症に襲われてて人を慌てさせるなど、おおむね風変りeccentricだった」(訳(上)25)。グレーヴズの風変りさは、こう言っては何だが、ADHD的である。まとまりが悪くて羅列、こっちに熱中してはあっちに移り、という気質が文章に感じられて、その点は参考にしない方がよさそうだ。
また、諧謔、時に自虐があっても、基本的には両親の世界との良い結びつきと流れの中にいる。ビオンが人物たちについても場所についてもほとんど具体的な描写をせず、グロスカスに「ビオンは場所に鈍感なのか?」と書かれているのと、対照的である。ただ、パブリックスクールでは、誰しもひどい目に遭うようだ。「ビッグ・ブラザー」的。
一方、ビオンの方の記述では、子供として空想がちであることに加えて、今書いている八十歳近い彼、その間の後の彼、そして後の経験の場面が忍び込んでくる。bang, bang, bangと銃声が。戦場がすぐそこにある。

文献
Williams, M.H. (1983). The Long Week-End by W.R. Bion: A Review Article. J. Child Psychother., 9(1):69-79

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