LWE:インド4

ビオンは学校に行く年齢である。もっとも、4歳とあるから保育園nurseryか。童謡nursery rhymeを絵に描いたような世界である――残酷さと騒がしさ、チャームが。彼曰く、その頃はまだ、「頭」しかなくて、心はなかったと。しかし、そこにナンセンスは詰まっていたし、クソガキに一発喰らう形状はしていた。他人への警戒心がなかったところが、アルバトロスのようである。

さてビオンがランチボックスに入れてもらって、持って行ったGuava Cheeseとは?Guava Cheeseで画像検索すると、ザラメをまぶしたゼリーのようなものから、もうちょっと水気がある、ういろうのように見えるものまでさまざま。Origin Guava Cheese is also called as Perad. In Goa, India, it is a very popular dessert dish. It has a fudge like texture. と書いてあったらしい元々のインドのサイトは消えているが、こんな画像が残っている。https://www.pinterest.jp/pin/353110427031388961/
下の方は、やはりインドのサイトらしいhttps://recipes.timesofindia.com/にあり。台所のあり合わせで作りやすいしビタミンが豊富だ、と。しかし、「たいていのカトリックの家庭でクリスマスに最も用意されることが多いお菓子の一つ」だと書く人も(https://aromaticessence.co/2016/11/28/guava-cheese-perad/)。そうなのか?ちなみにユング派のプラウトPlaut, A.は書評で、ビオンがユグノー派の家系だと書いている。Bionという名前はフランス系なのだろうか。「インド2」では、our puritan and their missionary forbearsとある。これは父方のことだろうか。母方がインド人あるいは現地の人とのハーフだったことは、公式に書かれるようになっている。インド系の人が清教徒でありえないわけではないだろうが。

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さて、日本語で「グアヴァチーズ」で引くと、「グアバチーズ」に案内され、グアバチーズケーキが出て来る。子供が持ち歩いたら中がどうなるか、想像が付くことで、おやつとしてありえない。これだと単に、グアバの入ったチーズケーキだろう。いずれにしても、その日のビオンは食べ損なうことになる。とりあえずguava cheeseはグアヴァチーズで。

アーヤーが行ってしまうと、ビオンの目に入るのは、背は高いが男児たちから嫌がらせを受けている女子である。彼女は、暴力を振るわれるがまま、押韻詩Sticks and stonesをただ繰り返している。
"Sticks and stones may break my bones, but words will never hurt me."ここでは、but words ― they cannot hurt me.だが、女子は小突かれ続けており、この常套句の、あまりの効力のなさが不条理。unhappyは、悲しいというよりもっと悲惨、と取る。
だが、staunchlyを良い意味にとって、この自閉的な防衛は、時間が来て相手が去っていくことで、一定の効果はあったと言えるか。
ビオンと全く関係のない話だが、Sticks and stonesを検索すると、Titaniumが出て来る。https://www.youtube.com/watch?v=OWxBqnJDAVwこのパフォーマンスは暴力の性質――連鎖――を表している。次はビオンの番だった。しかしビオンが振るうことはなさそうだ。では、なぜ後年、軍人に?自己防衛?そこまで?そしてイギリスまで来ていた母親とは一切面会せず?伝記作家のグロスカスは、ビオンが母親に対して何処かサディスティックだと書いている。続きを読みながら見ていこう。

cityの取り違えは、大したことではなかったが――いや、アーフ・アーファーがやってきそうになったか。ボックスの取り違えは、dismay動転と被害をもたらした。「ボクシング」を思い起こせば、ボックスに殴るという意味があるのは分かるが、「箱」と語源的な関連はないようである。ただ、この意味でのboxは、妹が横っ面を叩かれなかったdid not get her ears boxed.とビオンは既に「インド1」で書いており、分かってるじゃん、ということになって、本としては編集ミスに近い。好意的に見れば、そちらの意味に気づかないほどビオン少年は緊張して、グアヴァチーズのことばかり考えていたのだろうか。

粗暴な男子たちと、騒然たる教室、早くも通過儀礼。帰りは帰りで、ビオンは別のものに遭遇する。舌を舐め合っている女子たちだ。エロチックな刺激への好奇心は、しかし直ちに抑制される。前にあるのは、八歳、英国に行くまでの時間である。

ビオンは、彼なりにイギリス行きの心づもりをしようとしていたのかもしれない。誕生日には、英国旗をもらう。だが使い道もなく、落ち着かない。「あのつまらない老婆」は、後で出て来るのか?グロスカスは書評の中で、Shorehamでの見送りのこととして書いている。
彼の空想は、勇敢な少女に向かう。who put her ear to the groundは、普通は比喩的表現だろうが、子供なら実際にやりそう、ということで、文字通りに。インドの独立戦争について調べれば、出て来るのかもしれない。バグパイプが聞こえるように近づいて来たのは、威嚇と士気の鼓舞のためか。銃の性能が悪くて、狙い撃ちされないから成り立つことだろう。イギリスによるインド支配へのビオンの意見は、後年にも見掛けたことがない。
八十歳に近い、今語っているビオンは、何が起きようとしていたかを見ている。「母は、英国が背中に子をおぶった熊のような形をしているのを見せてくれた」。予習、心の準備。なぜかイギリスの地理は、母子に喩えられている。ビオンが目にするのは、もう一頭、「ワイト島という名の小さな子」である。「もう一つの小さな方は、それの…から出て」――すると、母の背中にへばりついているのは妹か。ビオンはそれの……家庭から離れて?彼は母からの分離、孤立を見ている。「そのことは、地理の問題ではないと私は分かっていた」。その位置は、刑務所に向いていそうにも思われる(ワイト島については、「イングランド11」および書簡でも言及があるが、取り立てて意味はなさそうである)。

文献
Grosskurth, P. (1987). The Long Week-End, 1897-1919: Part of a Life by Wilfred Bion. Published by Free Association Books: London 1986; 287 pages; £6.95.. Brit. J. Psychother, 4(2):185-186
Plaut, A. (1984). Bion, Wilfred R. The Long Week-End, 1897—1919, Part of a Life. Abingdon, Fleetwood Press, 1982. Pp. 287. £9.00.. J. Anal. Psychol., 29(1):90-91


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