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建築学生にとってソーシャルVRでのワールド制作が良いかもしれない話

本記事はワ探アドカレ12/16の記事です。

はじめに

大学の建築学科などでは「設計課題」という、独自の演習授業があります。
いわゆる「建築家・設計者」や「空間デザイナー」と言った職能を目指す学生にとっては、実際に手を動かしながら学習ができる楽しい楽しい授業です。
筆者も大学では建築学科に所属していたので、学生時代はこうした課題に打ち込んでいました。

今自分は、VRChatワールド探索部で色々なワールドを巡ったり、たまに自分でワールドをつくってみたりしているわけですが、学生の時に学んだことを改めて振り返ってみると「ソーシャルVRでのワールド制作活動は建築学生にとっても学びが多いんじゃないか」といつしか思うようになりました。
と、そう思いつつも言語化ができていなかったので、拙いながら言語化をしてみようと思い、筆を執っています。

「ソーシャルVR」「ワールド制作」とは?

自分がこの記事を特に読んでもらいたいと思っているのは建築学生の方のため、一応「ソーシャルVR」「ワールド制作」についても説明しておきます。

「ソーシャルVR」とは、企業が運営する「アバターを通して3DCG空間上でコミュニケーションできる」プラットフォームのことを指します。代表的なものとしてはVRChatclusterなどが挙げられます。
世の中では「メタバース」と呼ばれたりすることもあるので、そちらのワードを聞いたことがある方はいるかもしれません。

ソーシャルVRは無数の「ワールド」と呼ばれる3DCGの空間で構成されます。「ワールド」同士は基本的に一つながりではなく、ユーザーは都度世界を移動して、ワールドを体験します。そして「ワールド」は、基本的には1ユーザーによって制作されます。

「片水面 ⁄ Kata-Minamo」By nemurigi

ワールドは、3Dモデルはもちろん質感や光の表現、音等さまざまな要素で構成され、これらをまとめ上げる能力がワールド制作には必要とされます。そのため、ひとつの専門スキルだけではなく幅広い技術が必要となります。
ソーシャルVRでは、ワールド制作を通してさまざまな技術に触れ、それをものとして表現し、かつ、多くの人に共有し、フィードバックを得ることができ、それは「ソーシャルVRでのワールド制作」の特徴となっています。

「Hypnosis Lobby - 睡神的回廊」 By Jessien

「設計課題」とは?

「設計課題」とは、建築系の学校で行われている設計演習の授業のことを指します。
学生は、提示されたテーマや与件をもとにアイデアを出し、それを建築・空間としてアウトプットして、主に図面やパース、解説テキストで構成されたプレゼンテーションボードを作成し、プレゼンを行います。

提示されるテーマや与件には、「延べ床約●●㎡のオフィスビルを●●の敷地につくる」といったオーソドックスなものから、下記の記事の京都大学で出題されているような「祈りの空間」をつくるといった抽象的なものまでさまざまなものがあり、課題の特殊さが各学校の特色になることもあります。

これらの課題の成果を全国の大学が集まり、評価しあうイベントなども存在しています。

また、「設計課題」とは少し異なりますが「コンペ」というのも盛んにおこなわれています。
ある課題が与えられ、それに対するアイデアを建築・空間としてアウトプットするという点では同じですが、「設計課題」は大学ごとに行われる一方で、「コンペ」は大学問わず挑戦することができ、建築系の学生の間では一種の力試しとして親しまれています(学生だけではなく社会人も提出できるコンペもあります)。

筆者が学生時代に取り組んだコンペで言えば「愛知県犬山市を国際観光都市にする 「新しい核」を考える」というものがあり、講評会には市長がいたりしました。

世界的に有名な建築家も、学生時代にはこうしたコンペに参加していることが多いです。
「新建築住宅設計競技」というコンペは1950年代から開催されており、アーカイブサイトを見ると、現在活躍している建築家の名前をちらほら確認することができます。

「設計課題」では何を学ぶのか?

さて、「設計課題」をやる目的は、素直に考えると将来的に実務を行うために必要な知識の習得やプロセスを体験するということが考えられますが、それだけではありません。

特に学び始めの設計課題では、先に挙げた京大の例のように「祈りの空間」と言った抽象的なテーマが設定されることが多いです。
建築の設計では、その人自身が経験してきた空間体験が影響を与えることが多く、特に建築を学び始めた建築学生は自身が経験してきた空間体験から、そのお題に対しての回答を探し出します。そこでは、学生それぞれの回答は大きく異なり、その違いを認識することが「空間」というものへの理解を深める機会となります。そのため、このような抽象的なテーマが設定される設計課題が出題されます。

また、「設計課題」とは異なりますが、多くの大学で見られる課題として「5m×5m×5mのキューブをベースに空間を構成していく」というものがあります。これはあえてシンプルな与件にすることで、建築にとって重要な光や空間構成など「空間の造形」をピュアに考えさせようとするものです。

これも「設計課題」にあたるかは微妙なのですが…
早稲田大学建築学科の課題として有名な「役に立たない機械」という課題があります。

この課題では、あえて全力で役に立たない機械をつくらせることで逆説的に「ものの役割」を改めて考えさせています。

はたまた、東京藝術大学では「小石を100倍にした建築」というユニークな出題の課題が実施されています。

2019年度藝大2,3年生短期課題。 中山の担当課題が1年生と4年生なため、そのあいだの学生たちとの接点を補うためここ数年実施している、たった2日間の集中ワークショップです。 今年の出題は小石を100倍にした建築。 通常の建築課題では...

Posted by Hideyuki Nakayama on Thursday, January 16, 2020

このように建築学科では、実務的な知識だけではなく、光や空間構成、スケールといった個々の要素を空間として昇華させる課題や、「ものに対しての考え方」と言った抽象的な思考をものづくりを通して考えさせる課題まで、さまざまなタイプの設計課題が行われています。

「設計課題」や建築学科で行われる演習は課題ごとに学べるものがまったく異なっています。これらは「建築」がさまざまな要素を統合する複雑な創造物であるからこそ、必要となります。現在でもさまざまな新しい課題も出てきています。このあたりの設計教育のあり方は今でも盛んに議論がなされています。

ソーシャルVRでのワールド制作が良いかもしれない話

コンセプトを立ち上げ、形にするフローを実行しきる

ものづくりにおいて「自分のアイデアをものに落とし込む」という一連のプロセスを辿ることは非常に重要な経験となります。
ワールド制作では、3Dモデルだけではなく、光や質感、遠景や音環境、さまざまな要素をまとめることでひとつの世界をつくり上げていきます。

現実の建築設計においても、既存の周辺環境や社会状況、構造、環境、設備などさまざまな要素を扱いながらひとつの建築に落とし込むことになります。そうした「複数の要素を統合する」というワールド制作のプロセスは実際の建築に通ずる面もあると考えられます(協働してワールドをつくる場合は「複数のアクターに対して、落としどころを見つける」という能力の訓練にもなるでしょう)。

実際に入り、体験する楽しさ

ただ柱と屋根を置いただけでも、VRで入って体験してみると非常に楽しいです。
「自分がつくった空間に入る」という体験は本来実務に携わってからしか経験することが難しいものですが、VRを使うことで疑似的に体験することができます。
建築の醍醐味のひとつは「自分の構想が実際に建ち上がること」とよく聞きますが、そうした経験を疑似的にでも体験できるのは学生にとっても、将来をより具体的に想像するきっかけになって良いのではないかと思います。

また、「小石を100倍にした建築」の課題を先に挙げましたが、VRChatには「巨大な弁当の中に入れるワールド」が存在しており、唐揚げと唐揚げの間にできたトンネルを通ったりできます。

「Ekiben Festival」 By masanaga1101
「Ekiben Festival」 By masanaga1101

たまに建築業界ではCGはスケールレスと批判されることがありますが、VRで入ることができるソーシャルVRでは、そのCGを自分の身体(アバター)寸法で感覚的に体験することができます。
「見慣れたものを建築に見立てて、想像力を育む」という試みを行っている建築系の研究室も存在しています。

CGが得意なスケールの操作とVRでの感覚的な体験が組み合わさることで、まったく見たことのない「空間の種」みたいなものを発見することができるかもしれません。

人に来てもらって、フィードバックをもらう

「ソーシャルVR」をおすすめする大きな理由ですが、「自分がつくった空間に他人に来てもらう」という体験は非常にインパクトのある体験です。

現実の建築でも実際に使われ始めてからが本番と言われることがありますが、「ソーシャルVR」に自分がつくったワールドを公開することで、まったく知らない人たちがその空間に入り、体験する様子を経験することができます。

また、制作途中に他人に空間に入ってもらいフィードバックを得るということも可能です。

例えば、下記の記事で紹介されている『GHOSTCLUB』はワールドのクオリティの高さという観点で非常に高い評価を得ている方たちですが、彼らはワールド制作の初期段階ではモックアップをつくり、一緒にその中に入り空間のスケール感を確認した上で制作に取り掛かっています。

また、こちらの記事は『Shader Fes』という、これまた非常に高い評価を得ているワールドの制作者インタビューですが、毎晩のようにワールド制作の進捗を空間として共有し「同じ空間上で指摘しあいながら」クオリティを高めていったと語られています。

このように空間自体を共有することでより解像度高くイテレーションを回すことができるという点はソーシャルVRでのワールド制作の大きな利点です。
また、ソーシャルVRではワールドクリエイター同士の知見の共有は活発で、それはやはり「空間を共有できる」という点が大きく作用しているのだと思われます。

「実在感」の表現は、現実の観察に繋がる

ソーシャルVRで追及されている部分には共通している点があると個人的には感じていて、それが何かというと「実在感」です。
ここでは「実在感」という言葉を辞書的に厳密に使っているわけではないのですが、ここで取り扱いたい意味としては「自分の身体がそこにある感覚」というところでしょうか。実際に生身の肉体がそこに行くわけではないソーシャルVRの世界では、この「実在感」があらゆる形で追及されている印象を受けます。

その「実在感」を表現する方法のひとつが「フォトリアル」です。
人間は見慣れたものへの感度が高いため、この方法は「実在感」を高めやすい一方、現実への詳細な観察が必要になります。

例えば、光はどのように建築の中に入って反射するのか、家具の木目はどのようにあるべきか、細かい寸法はどのようになっているか……
これらの詳細な観察・分析を経てはじめてフォトリアルな表現ができるようになります。

「Inokashira-kōen Station(井の頭公園駅)」By nyanya

当たり前ですが、現実では光が常にあります。一方でソーシャルVRの世界では意図的に存在しようとさせない限り光は存在しません。
そうした環境だからこそ、CGの世界で「空間」を表現しようとするとき、光や影が「実在感」に大きく影響することに気づきます。

「Room\20°」 By yo-guruto

そして、いかに自分の思い描く光を表現するか、を考えるときに現実の光や影の観察が重要となります。
このようにワールド制作では、現実では当たり前のように存在している光や影、重力がないからこそ、逆説的にそれらの意味について考え、理解を深めることが重要になります。

「空間」の表現は多種多様である

上では「フォトリアル」なワールドの例を挙げましたが、ひとえに「実在感」と言っても、その表現は多岐に渡ります。
その違いを下記の記事では「山」という比喩で表現しています(「実在感」に関しては筆者の独自の解釈です)が、同じプラットフォームを使っていても、制作者によって空間のあり方・目指すところがまったく違うというのは興味深い点です。

面白いのが、「実在感」はイコール「フォトリアル」ではないという点です。「実在感」の表現にはさまざまな形があり、フォトリアルであるということはひとつの道・手法でしかありません。

例えば、『Virtual Airline 虛擬航線 仮想ルート』というワールドは作者の「車の運転をしてる時に感じる心象風景」が2次元的なグラフィックのオブジェが組み合わさることで表現されています。
これはある意味、その表現が作者にとっての「実在感」であり、それがまったくフォトリアルでない手法として表現されていると言えるのではないでしょうか。

「Virtual Airline 虛擬航線 仮想ルート」By EwanCodeTalker

現実の建築を考えるときにも、こうした抽象化を行い考えることは非常に重要になります。建築の検討ツールとしてポピュラーなドローイングや模型は、それがものとして表現されたものです。
ドローイングや模型は、その建築を正確に表現するというよりも、その建築の一部分を解釈し抽象化し表現することでコミュニケーションを活性化する目的があります。ともすれば、フォトリアルに表現するよりも、その建築の本質(ここで言う「実在感」)を表現できることもあります。

通常の建築設計では、これらは建築を実現するための「ツール」として扱われますが、CG自体が完成物であるワールド制作では、そこから具象化する必要もなく、抽象を保ったままでも「実在感」を生み出し、公開することができます。作者の心象風景を表現したような空間をつくることもできるのです。

「Ricocheive」 By knfoxl

建築ビジュアライゼーションの世界においても、ただフォトリアルであればよいのではなく必要に応じてさまざまな表現を使い分けるということはされています。

やはり、現実の建築を実現するのは、最初に構想した空間から、さまざまな制約を踏まえて、落としどころを見つけていくプロセスとなります(もちろん制約や条件がプラスに働く場合もあります)。
それは建築が安全性や快適性といった複雑な要素を抱えるからこそ、必要なプロセスです。一方で、建築ビジュアライゼーションでは、建築家が構想した空間のピュアな姿を見せることで、その空間のコンセプトをより先鋭化して見せることがなされているのでしょう。

という意味では、建築をつくるということは、まずピュアな空間を構想し、ビジュアライゼーションした上で、さまざまな制約や要素を取り込み現実に落とし込んでいく作業と言えます。

ここで、ビジュアライゼーションは今までドローイングや模型といった限られた手段しかなかったと言えます。ただそれらの表現手法は、読み手にもリテラシーを求めるものです。一方で、ワールドはピュアな空間を表現しても体験する側にリテラシーを求めることなく感覚的に提示することが可能な媒体と言えます。

建築の設計プロセスの中に、「ワールドとして表現する」というプロセスが入ることは、これまで参加できなかったさまざまな主体が参加しやすくなる状況をつくり出すことができるとも考えられます。
それを踏まえると、ワールドはドローイングや模型に並ぶ表現手段として確立される可能性も十分にあり得そうです。

終わりに

ここまでつらつらと綴ってきましたが、筆者はやはり「自分がつくった空間を公開し、他者と共にその空間に入ることができる」という点がソーシャルVRの大きな特徴であり、インパクトがある部分ではないかと思います。
端的に言えば、この体験は楽しいし、嬉しいものです。

筆者は結局実務に携わっているわけではないので、真実は分からないですが、建築を学んで実務を始めた設計者が最初に体験する建築設計の醍醐味は、やはり「自分がつくった空間に人が入る」ことなのではないかと思います。ただその体験を学生時代に経験することは難しく、学び始めてからかなりの年数を要して初めて経験することができます。要は、空間設計の真の面白さを体験するには相当の時間が必要だということです。

これが影響しているのかはわかりませんが、多くの建築系の大学では、いわゆる建築デザイン(意匠設計)を最終的に仕事として選ぶ学生はそこまで多くありません。
そうした状況を踏まえるとソーシャルVRでのワールド制作を行うことで、建築設計の醍醐味をバーチャル/リアルの違いはあれど味わうことができます。それにより、建築・空間設計の面白さに気づく学生が増える可能性があるのではないかと思います(また、ソーシャルVRで長い時間を過ごす人々が出てきた現在、ワールド自体の重要性はどんどん増していき、ワールドの設計が仕事になることも十分にあり得そうです)。

筆者は建築教育に関わっているわけではないので、偉そうなことを言える立場ではないですが、VRChatやclusterは機材さえあれば無料で(VR機器がなくても)体験できるので、まずはそこにどんな空間が生まれているのかを見ることから教育の中に取り入れていくのもありなのではないかなと思っています。

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