生命科学を通して「体験」から建築を考える『EXPERIENCE 生命科学が変える建築のデザイン』 他【読書記録】
仕事をしつつ、種々の原稿をまとめていたりしたら、いつの間にか2月になっていました。今年はゲームをやるぞ、と思っていたけど、本を読んでいたら寝る時間になっていて……みたいな繰り返しでほとんど触れず……
とりあえず、今やっている『未解決事件は終わらせないといけないから』をクリアしたいですね。
『EXPERIENCE 生命科学が変える建築のデザイン』(ハリー・F・マルグレイヴ 著/文、川添善行 監修/翻訳、兵郷喬哉 翻訳、印牧岳彦 翻訳、倉田慧一 翻訳、小南弘季 翻訳、2024年、鹿島出版会)
気になっていた建築史家ハリー・F・マルグレイヴの「体験」から考えられた建築史的な書籍。非常に興味深く読んだので、改めてちゃんと読みたいですね。
建築を形態や平面的に、ではなく「体験」から考える、という視点自体はこれまで様々な観点から論じられてきたが、その視点はどうしても抽象的なものにならざるを得なかった。それに対して本書では、発展してきた生命科学は、より解像度高くそれらの事象を捉えられるようになってきており、そこから建築が引き起こす「体験」についての理解を深めることができるのではいかと語る。
再三になるが、これまでの建築の言論の中で語られてきた「体験」は、その事象はあまりにも複雑すぎて、どうしても分析は抽象的にならざるを得なかった(例えば、「天井の高い空間は美しい」はなんとなく理解できるが、それがなぜなのかの説明は難しかった)。しかしながら、本書で紹介される生命科学の発展は、それがただの主観的な経験ではなく、客観的に共有・分析可能な事象であることを示し、過去に語られてきた言論を改めて検証し直すことを可能にする。内容としては建築史的な側面も多かった。
近年では、建築理論家ユハニ・パッラスマーの『建築と触覚――空間と五感をめぐる哲学』が邦訳され、話題になったが、本書でもパッラスマーの言葉がいくつも引用され、そこで語られることにさらに強度を与えている。
例えば、視覚の処理システムには想像力や記憶が強く関係することも判明している。
近年の脳研究によって、人の認知には「動き」と「座標系」が重要であることが分かっている。本書でも、その地盤である場所細胞とグリッド細胞に触れられている。自分の中でなんとなく「この研究は建築とつながってそうだな」と思っていたものが、まさに接続されていて、非常に興奮して読んだ。
パッラスマーの『建築と触覚――空間と五感をめぐる哲学』や 青田麻未『環境を批評する―英米系環境美学の展開』などと合わせることで、「空間」に対しての理解を深めていけそうだと感じている。今年はこのあたりの本を精読してみよう。
『OVERLAP 空間の重なりと気配のデザイン』(川添善行 著/文、2024年、鹿島出版会)
上述した『EXPERIENCE 生命科学が変える建築のデザイン』の監修/翻訳を担当した建築家・川添善行氏が東京大学の大学院で担当している講義の内容をベースとした書籍。
国連が2010年に発行した『世界都市人口概要二〇〇九』で、2050年には世界人口の68%が都市に暮らすことになると報告されている。近代的な都市は、まだ発明されて間もないものであるが、その存在は確実に広がっていて、私たちの生活の地盤となっている。
本書は、そうした都市の広がりを受け、都市と建築の関係を考える内容となっている。テーマは異なるが、『EXPERIENCE 生命科学が変える建築のデザイン』とは通底しており、これまでの都市の考え方では捉えきれなかった「空間」の「体験」的な側面をどのように都市で生み出していくか、を模索していくような内容だと感じた。大学院の講義であるからか、歴史上の「空間」に関する言論が逐次紹介され、それらを副読本として合わせて読むことがさらに理解が広がりそうだ。
これまでの都市は、日本で言えば、いわゆる「用途地域」、つまり「分ける」思想によって構成されてきたが、本書で重要視されているのは、むしろ「重なること」。しかし、ただ重ねれば良いというわけではなく、そこでマルグレイブが注目したような人間の認知を解像度高く解明していく研究の知見が役立っていくのであろう。
『東京都同情塔』(九段理江 著、2024年、新潮社)
今年の芥川賞受賞作は「ザハの国立競技場が完成した別の未来の日本の建築家が主人公」と聞いては読まないわけにはいかず、久しぶりにSF小説以外のジャンルの小説を読んだ。
中編なのでさっと読むことができたが、近年の社会を象徴するようなエッセンスが随所に散りばめられていた。作中の多くを占める建築家の思考プロセスは、ある種の建築従事者のそれを表現できていたが、今時(特に若い世代で)こんな人がどれくらいいるのかなあ、と思った。
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