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「巨大さ」から見るワールド探索 #ワ探アドカレ
この記事は、VRChatで活動する「VRChatワールド探索部」の部員によるアドベントカレンダー、 #ワ探アドカレ の12日目です。
巨大な建造物が好きだ。
私が建築に感じる喜びのひとつは、まるで人の手が及ばないような、感動したり荘厳な気持ちになったり、という原初的な感情を沸き立たせてくれる面である。それをもたらす要素のひとつが「巨大さ」である。
もともと、建築を学ぼうと思った動機のひとつとして「人間がつくりうる最大サイズの創造物のひとつが建築である」ということがあったくらいだ。
当たり前のことだが、基底の私たち人間のサイズはある程度の範囲におさまっている。10mの人間なんて存在しないだろう(おそらく)。
だから基本的には、私たちが普段使う建築は、私たち人間のスケールを基準としてつくられている。しかし、だからこそ私たちは、普段のスケール感と異なるものを見てしまった時に畏怖や崇高さを感じる。しかし基底では、そうしたものは色々な理由で存在しにくい。
一方で、VRの世界にはさまざまなかたちでの「巨大さ」が存在している。
巨大建造物─相対的に捉える「巨大さ」
Spatial trial001 by fukukozy
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「巨大」はただ大きければいいというものでもない。
何故なら先に述べたように「巨大」と感じるのは、私たち人間の尺度と比べてなのだから。私たちが「巨大」と認識しなければ、それは「巨大」とはならない。
という意味では「巨大」とは相対的なものである。
だからこそ、「巨大」と「建築」が合わさると、私たちはその「巨大さ」を一気に認識できるようになる。私たちは基底で建築のサイズを、ある程度知っているからだ。
Architecture 3 by nekem_nyolc
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「巨大さ」はそれを認識するための基準としていたスケール、私たちが当たり前のように思っている認識をリセットしてくれる。
つまり巨大な建造物は、人間と建造物の関係のあり方について改めて考えさせてくれるのだ。
calm by amanek
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またVR空間は須らく人間の手でつくられたものではあるが、それが建造物のかたちを取ることで「人間の手でつくり出されたものである」という感覚がより強まる。
BlueSpacE by オーゼンOzen
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巨大な建造物とは人間がつくり出したはずなのに、人間の世界を外れてしまったような存在感を持つ。VR空間においては、その巨大な建造物は基底と比べて、より強く誰かの「意志」が込められている。
そう考えると巨大な建造物という現れ自体は人間を遠ざけているかのようなのに、その奥には人間の痕跡が垣間見えるという点がたまらなく面白く興味深い。
clock_tower by qchan949
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「巨大」な月
THE SHORE [NIGHT] by blue cat
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「月はデカければデカいほど良いとされている」なんて言葉があるように、VRChatのワールドを巡っていると、巨大な月を時折見かける。
巨大な月は私たちに不思議な感情を抱かせてくれる。
都会で住む私にとって月とは意識しない限り可視化されない存在だったが、ここで巨大な月たちを見ることで、その存在の大きさを再認識することになる。
blend in the wind by rakurai5
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当然だが、基底において月は人間がつくり出したものではない。
しかし、こと日本においては月見台や、銀閣寺には月を反射させて鑑賞するためにつくられたという「銀沙灘月」が存在する。
そのように基底でもかつては月を空間の一部として捉え、創造として扱うことが行われてきた。
霧月畑 by rakurai5
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一方でここでは、その月すら創造することができる。
人はなぜ月を巨大にするのだろうか。おそらく、その理由は人によって異なる。巨大な月を見かけたら、その理由に思いを馳せてみている。
A Miniascape by fotfla
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水族館=「巨大な水の塊」を見る
Aquarium by momijiAC
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基底現実でも水族館を訪れるのが好きだ。
水族館の中には「水槽」というかたちで、いくつもの別の世界が並列して展示されている。中でも「巨大水槽」はたまらない。
ところで「水槽」という存在は、とても人間的だと思う。
なぜなら、人間が水中を観察したいという理由で疑似的な水環境を「水の塊」として観測可能なかたちにしたのが「水槽」という存在であるからだ。
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Aquariumは「巨大水槽」が鎮座するワールドである。
基底の「巨大水槽」は、だいたいは、それがメインの展示になることからさまざまな水中生物が展示される。ほとんど何も展示されていない水を見たいという人はそれほど多くないと考えられているからだろう。
それを踏まえると、この「Aquarium」というワールドは、とても不思議なあり方をしている。なぜなら、そこには海月しかいない。
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ワールドに入ると、私たちはそこに海月が浮いていることから、その先が水中だと認識する。そして、そこには海月しかいないからこそ、私たちは「海月を見る」というより「巨大な水の塊を見る」という感覚が強化される。
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このワールドは基底では展示されている水中生物たちに気を取られていて気づかなかった「水族館とは巨大な水の塊が展示されている空間」だということを思い出させてくれるのだ。
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「巨大」であることは、私たちの認識を一度リセットしてくれる。
最初に述べたように私たちはある一定の幅のスケールの世界観で生きることがほとんどであった。
だからこそ、それを逸脱したスケールを目撃した時に、世界観が揺さぶられ、自分の価値観を疑い始める。そこから、新しい認識が生まれ、今までの世界を見直す。
VR空間には、私たちのこれまでの認識をリセットしてしまうような「巨大さ」が無数に存在している。そして「巨大さ」自体も、その一端に過ぎない。
この世界で体験したことが基底にも影響を与えるようになり、人間の認識はどんどん更新されていく。そうした世界がやってくると思うと、非常に楽しみだ。
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