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原作漫画は良かった… 映画『母さんがどんなに僕を嫌いでも』

原作マンガ『母さんがどんなに僕を嫌いでも』を読んだので追記します。

映画版には、
こんなエピソードがこの世に存在するのだろうか…と思うようなエピソードが存在したので、、
それを確かめるために読みました。
(原作の評判は良かったですし)

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ネタバレになるのであんま詳しく書きませんが、

小学生までの虐待や家族のエピソードは原作通りですね。

中学と高校(すぐ自主退学)については映画ではカットされています。

マンガでは母の顔がずっと描かれないですし、母はちゃんと老いていきます。
むしろかなり憔悴してやつれた姿で描かれていました。

映画では吉田羊が最後まで美しい。

息子が母と関係を修復しようとするパートでは
マンガの方が息子の心情がリアルでした。

映画の方はなんか少年ジャンプのキャラのようでしたね。
映画の方がマンガっぽい。

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原作マンガにあって映画にはなかったもので残念なものがいくつかありました。

■息子が〝記憶〟に襲われるシーン
息子は大人になってからもたびたび過去の経験を思い出して苦しみます。
マンガでは悪魔のような顔をした豚(ご本人が肥満児であったことで家族からも豚扱いを受けていた)が息子を過去に引きずり戻します。

■大人になった息子が母と同化したシーン
母が他人を威圧していた様子が嫌いだったのに、大人になった息子は営業成績のために同僚を恫喝してしまって、知らぬに自分が母と同じになってしまったというシーン。

映画にもありましたけど結構あっさりしてました。

原作マンガでは一番恐ろしい場面としてホラー映画かのように、ページ数もかなり割いて描かれていました。

これは後に描かれる母の幼少期のエピソードにも絡んでくる件ですし、
〝虐待の連鎖〟や〝血脈〟を断ち切る息子の闘いとして、映画でも強烈に描かれるべきシーンでした。

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この映画は1時間45分と短めですし、まだエピソードは挿入可能だったと思います。

原作マンガの情報量をそのまま映画にできませんが、
母との関係を修復するパートでのリアリティのなさや
〝自分が知らないところで老いていく母〟が描かれていなかったのは残念です。

主人公がゲイであるということに触れなかったのも信念があってそういう選択をしたのではなく、
ゲイというものを扱う自信がなかっただけなのでは?と思ってしまいました。

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また
原作マンガに挟まれたエッセイにも興味深いものがありました。

映画とかの殺人者は親から虐待受けてきた過去持ちがち問題。

殺人者の幼少期が描かれて、母(大体の場合、母のみ…)から虐待を受けていたというエピソードがフワッと雑に描かれておわりみたいな映画はよくあります。

たしかに、ひでえなぁと思っていました。

虐待受けてきたことは犯罪者になったことの原因として無理からぬことである、という刷り込みを映画は何度となく行っているわけです。

虐待をしてしまう母の孤立(男はどこにいったっ!?)や
虐待を受けてきた子供の成長過程についてもすっ飛ばして
虐待=犯罪者という描き方は意識的に無くしていくべきですね。

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てことで原作マンガ、すばらしいのでぜひ。

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映画については以下にコピペ。

脚本や演出がイマイチでも俳優の力によってここまでの作品になるんだなぁと感動。

それにしても、感動してくださいっていう音楽がウルセー。。。。

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吉田羊素晴らしい。

そんなに背景は描かれていないけど
自分の子供に虐待してしまう狂った人間の苦しみが滲み出てましたね。

この人も相当な社会不適合者だし、
夫もまともな人ではなく
子育てしないどころか外に女作っちゃうし
子供2人いて
誰にも弱いとこを見せられず
自分を助けてくれようとする人すら敵に見えてしまう。

助けられると自分が弱者扱い受けてるみたいで腹立っちゃう人物。

この人自体もそもそもは被害者だった。
でも、自分の意思とは無関係に加害者になってしまった。

その苦しみと悲しみと、その背景にある社会問題まで吉田羊の演技から見ることができた。

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太賀もすげえ。

よくこのめちゃくちゃな脚本で描かれた人物に血を通わせることができたもんだ!

この映画ではたいじがゲイであることには全く触れられてないけど、仕草や表情で匂わせてる。

ベタベタな寒い寒い演出でも一切恥ずかしげもなくやりきってくれるから、早送りせずに観れましたよ。




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