空と雲
この世で一番美しいものは、空と雲ではないかと思うことがあります。
通勤電車で車窓からぼんやり景色を眺めているだけで、飽きることがありません。
遠くの山並みが青く霞み、その先から煙のように雲が湧いているところ。
真夏の、手でつかめそうにくっきりした入道雲。
夕暮れの、紫と茜色の雲と光のグラデーション。
日没後は透明な群青のスクリーンになり、暗さだけが増していく。
嵐が近づけばものすごい黒雲が、列車と競争するように追ってくる。
田んぼでは水面にさざ波が立ち、白い鷺がすうっと飛んでいき、田植えの季節にはぼんやりしていた緑の点々がみるみるうちに濃くなったかと思うと秋には黄金色に変わり、刈り取られていきます。
でもなぜか、景色を撮影した動画を見てもすぐ飽きるんですよね。
私は動植物も好きで、アリの行列とかそのへんのカラスやスズメ、コンクリートの割れ目から伸びている露草やえのころ草もつい見てしまいますが、そういったものを特集した番組もやはり飽きてしまいます。
わざわざ旅行で絶景ポイントに行かなくても、ただ顔を上げるだけで、誰にでも平等に無償で、これほど美しいものが開かれていると、私のように私有財産の乏しい者にとっても、この世界は良いところだと感じることができます。
そのうち空や雲も巨大IT企業や政府機関に管理されるようになって、鑑賞するのに権利者の許諾を取らなければいけないとか、広告を表示されたくなければ入会金とプレミアム会員料を請求されるとか、認証IDとログインパスワードがいるとか、マイナンバーカードの写しを添付した申請書を役所に提出するとかいうことになるディストピア社会をついつい想像してしまうので、私が空と雲を無料で愉しんでいることは、秘密にしておいたほうがいいのかもしれません。