インドの盗人から考えたこと
大学生といえばバックパックであり、バックパックと言えばインドだ。異論は許さない。というのはもちろん冗談だけど、なにかモラトリアムにハマった人間はインドへと誘われるのではないか。そういうもんじゃなかろうか。
ぼくも二十歳の時にインドにインターンというかたちで赴いた (そのことは以下の記事でも書いたっけ)。大学生のときの話だけど、その時のぼくの友人もインドを訪れたみたいだった。どうやらバックパックでインドを旅行したということだった。彼はインドから帰ってきた後にこんな話をしてくれた。
彼はインドのとある街に滞在していた。バックパッカー御用達といったような安くてボロいアパートだったそうだ。周りには地元のインド人がたくさん住んでいたそうで、老若男女たくさんのインド人が近くを行き来していた。
朝起きると「コンコン」というドアのノックの音が転がってくる。開けてみると5-6歳ぐらいの小さなインド人の子供がこちらを見上げている。曇りのない眼はキッラキラに光っており、イノセントなその少年はこれまた快晴のような眩しいスマイルを浮かべている。
どうやら一緒に遊ぼうということらしい。その子供を部屋に上げてあげてあげると、飛んだり跳ねたりしながらキャアキャア笑いながら遊ぶのだそうだ。そしてやたらとボディタッチが激しく、頻繁に抱きついてくる。言葉は話せなくてもかくれんぼしたりなんなりして子供の遊びをする。それがひとしきり終わると子供は満面の笑みを浮かべて「じゃあね」と別れの挨拶をする。
そして背中をこちらに向け足早に部屋を去ろうとする。するとよく見ると右手に何かを持っている。
財布だ。おれの財布だ。
「ちょっとお待ち!」と子供の足を止める。「ダメだよ、これおれの財布だよ」と諭すと、子供は一瞬だけ哀しい顔を見せた後、またあの快晴のようなスマイルをキランとこちらに向けて「冗談だよ〜〜〜」というようなことを言うのだそうだ。で、何事もなかったように部屋を出ていく。
この一連の行為。彼が滞在していた1週間毎日この行為を繰り返したそうだ。毎朝子供が全力のスマイルをしながら財布を盗みに来たということだ(笑)。毎回ドアを開けてひとしきり遊んでやる。そして頃合いを見定めて子供が足早に部屋を去ろうとする。そして片手にはおれの財布。「ちょっとお待ち!」と足を止めると「じょ、ジョーダンだよ!まったくも〜」みたいな様子で財布を返す。そしてまた翌日同じことを繰り返す。
ぼくはこの話を聞いたときは声をあげて笑ってしまったし、今も思い出すたびにクスクスと笑ってしまう。大人になった今だったら初日に「これは怪しいな」と気付いた段階でなんらかの形で阻止しよう考えると思う。だけれどぼくらは二十歳そこらのガキンチョだったわけなので、面白いからという理由でその一連のあれこれに乗っかってしまったという感じだろう。
でもこの話を久しぶりに思い出してちょっと考えるところがあった。その子供が見ていた世界ってぼくらが見ていたものとぜんぜん違ったのかもしれない。
その子供にとっては喜劇でも笑い話でも何でもなく、悲劇だったのかもしれない。日常のサバイバルにおける乾いた一幕でしかなかったのかもしれない。ドアを閉めた先の家路で「今日も財布を盗めなかったぜ…」と静かにこぼしていたのかもしれない。
この話はチャップリンの一節を思い出させる。
チャップリンが子供の時のこと。家の近くには食肉工場がありよく通りにはヒツジの群れが人に引かれて歩いているのを目にしたそうだ。子供ながらに「このヒツジたちはこれから工場で加工されていずれは食卓に並ぶことになるのだ」ということは分かっていたそうだ。ある日その群れからヒツジの一頭が逃げ出すところに出くわす。ヒツジは飛んだり跳ねたりしながら逃げようとし、それをてんやわんやしながら捕まえようとする飼い主。周りの人々はその様子を見てガヤガヤと面白がって笑っている。自分もその滑稽な様子を見て思わず笑ってしまう。
でもいよいよヒツジが捕まってしまった。その時にチャップリンははたと気づいてしまう。ヒツジは生きるか死ぬかの瀬戸際で必死に逃げようとしていたのだ。そして飼い主は大事な商品が逃げたら売上に大きく響いてしまうもんだからこちらも必死に追いかけていたのだ。周りはそんなことも知らずにゲラゲラ笑っている。でも当事者の目線からすると文字通り生死を分つ一大事だったのだ。
人生はクローズアップで見れば悲劇、ロングショットで見れば喜劇
というチャップリンの名言はこの逸話から来ているらしい。
いつも思うけれど「相手の立場になって考える」って到底ムリだなって思ってしまう。言葉で言うのは簡単だけど、そんな容易にできることじゃないよねという意味だ。でもできる限り想像するだけでも世界の見え方はちょっとばかしでも変わってくるのかもしれない。
今日はそんなところですね。シアトルのEdmondsという港町でビールを飲みながら。
それではどうも。お疲れたまねぎでした!