長期経営計画のすすめ Ⅳ 企業戦略_一次長期計画 6. M&A戦略を決める
Ⅳ 企業戦略_一次長期計画は、企業戦略の大枠を策定するフェーズになります。今回はM&A戦略を決めます。より実務的なイメージをもっていただくために、前半はケーススタディを、後半にポイントを記述していきます。
1. ケーススタディ
明智「本日の会議のアジェンダはM&A戦略です。当社はこれまでM&Aを行ったことがありません。企業戦略としてM&A戦略を決定する目的など、前山さんより説明をお願いできますか?」
前山「M&Aと聞くと、大きな投資が必要になる、大企業が実施する手法というイメージがあると思います。まずはM&Aの定義を簡潔に説明します。M&Aには業務提携と資本提携があります。業務提携とは『あるテーマに対して一緒に取り組みましょう!』と契約締結し約束した上で、推進することです。資本提携とは、先方もしくは相互の株式の引き受けで、引き受ける株式数の割合に応じて保有できる権利が変わってきます。」「次にM&Aの目的は、連携による互いの成長、業績拡大が一般的です。その目的を達成するには『連携度合いの強さ』、つまりお互いがどこまで経営資源を割いて取り組むか?が重要になります。その強さを契約として約束する方法として、【業務提携】、【マイノリティでの資本提携+業務提携】、【マジョリティでの資本提携+業務提携】があり、後者ほど連携が強くなります。」
社長「株式はわが社が買う場合もあれば、わが社が売る場合もあるよね。今のところ、上場は目指してないし、自分達で意思決定しながら経営を行っていきたいと考えているが、専務はどうかな?」
専務「はい、3年後の社長交代の後、当面は経営者として自立できるように頑張りたいと思っており、少なくとも2030年までに上場を目指すつもりはないです」
前山「M&Aというと株が関わってくるケースがあるので、上場の話につながりますね。改めて、この長期経営計画の2030年までは上場は目指さないと決定しましょう。わが社が上場や企業売却の意思がないとキャピタルゲインや手放す機会が失われるので、相手から見てもわが社の株を保有する動機は減少します。よって原則は株式は売却しないと決めましょう。」
専務「わが社が他社の株式を買う場合を考えると、資金的に限界があるので難しいですよね?」
前山「では、わが社が他社の株を買うケースを具体的にイメージしてみましょう。前回の新規事業戦略で示した新規事業創造フレームワークを見てください。」
前山「右下段にM&Aが記載されています。わが社にとってのM&A戦略は、既存事業と類似する事業を買収し事業規模を拡大するか、立ち上げたい新規事業を既に保有している事業を買収するか、の2方向だと考えます。今回わが社は【オートメーション事業】と【モニタリング事業】の2つの新規事業を立ち上げる計画ですが、すでにその事業を展開している企業が存在するかもしれません。その時、その企業に対して業務提携や資本提携を検討することになります。」「資本提携には株式を購入する資金が必要になりますが、自ら新規事業を立ち上げる時間と労力を削減することができます。また新規事業をうまく立ち上げられないリスクを回避できます。よって新規事業を立ち上げる手段としてM&Aを使うということになります。その際に、業務提携がいいのか、資本提携まで必要になるのかなどは、相手がいることですので、ケースごとに検討していきましょう。」「その時に必要となる資金が数千万〜数億になると思います。ただし、ふんだんに資金があるわけではないので、この後の、『8. 一次投資枠を設定する』で検討しましょう。』
明智「そうなると、新規事業は自社でも立ち上げるし、M&Aでも事業獲得を目指すということになりますか?」
前山「はい、その通りです。M&Aはとても貴重な機会であり、候補先をリストアップし、相手と面談できても、資本提携に至るケースはごくわずかです。また締結までに数年かかることも多いです。よって基本的には自社の力で立ち上げることをメインとして、並行してM&Aの機会を探るということになります。」
(この後も、活発な議論が行われ、M&A戦略が決定する)
2.M&A戦略のポイント
M&A戦略は『4. 成長戦略を構想する』にて記述したアンゾフの成長マトリクスをベースに自社の成長戦略と重ね合わせて検討することをお勧めします。(アンゾフの成長マトリクスは経済産業省 中小企業庁が紹介しているWEBサイトでとてもわかりやすく説明されています。)
市場浸透戦略において既存事業の規模を拡大する目的として、既存事業と同じ事業を展開する企業の株式を50%超取得するというのが最もわかりやすいM&A戦略になるでしょう。同じ事業を行っているので適正な企業価値を算出でき、事業上のリスクも把握できているため失敗が少ないでしょう。規模拡大が目的なので比較的、株式取得に伴う資金が大きくなり、買い手が大企業のケースが多いでしょう。
資金が豊富ではない中堅・中小企業であっても、新製品開発戦略や新市場開拓戦略の手段としてのM&A(業務・資本提携)は検討すべきです。ケーススタディの株式会社ディライトを元に記述していきます。株式会社ディライトの成長戦略を図示すると以下になります。
既存事業である人材紹介事業(マッチング事業)の3つの既存市場①②③での顧客基盤を活かしながら、新製品開発戦略で上のマスを埋めていき、2つの新規事業を立ち上げていく計画です。新規事業の立ち上げにおいては共に製品やサービスの開発が求められます。人材紹介事業を20年以上営んできた会社にとって、製品やサービス開発・運用の経営資源は乏しく、難航することが予測できます。こんな時、ものづくりに長けている他社との業務・資本提携は有効な手段になる可能性があります。
上記の新規事業創造フレームワークにおいてフェーズ2まで終了すれば、どんな製品・サービスを求めているのか、クリアになっているでしょう。そうすれば、調査することで類似する製品やサービスを保有する企業を発見できるはずです。しかしながら、私の経験からピッタリ合う製品やサービスではなく、改良を行う必要がある場合がほとんどです。そこで業務・資本提携を持ちかけることになります。
持ち掛けるシナリオの例を紹介すると、このようになります。
「わが社(株式会社ディライト)の顧客基盤である病院・歯科・薬局市場に貴社の製品を提供していきたい。しかしながら市場特性があり貴社製品の改良が必要と考える。本取組はわが社の長期の経営計画として多くの経営資源を投下して進めていきたい。よって貴社とは強い連携を構築したい。また製品改良のためには資金が必要になると思われるため、その資金提供の方法として貴社の株式の一部を引き受けたい。」
相手企業の受け止め方や状況次第ですので、思惑通りに進むとは限らないでしょう。しかしながら、「株式の話なんて持ちかけにくい」などと、アクションを起こさなければ何も始まりません。うまく資本業務提携が進んでいけば、将来的に先方の株式の100%を取得するケースもあるでしょうし、先んじて連携を進めた上での買収ですので、うまくいかない結果となる可能性は低いでしょう。
長期経営計画において成長戦略を描き、基本的には自社の社員で取り組んでいきます。しかしながら、中堅・中小企業であっても並行してM&A戦略も描き、その計画を立て活動することをお勧めします。
今回は以上となります。次回は「Ⅳ 企業戦略 _ 一次長期計画 7. 一次業績計画を策定する 」について書くつもりです。
【目次(案)】
Ⅰ 方針
1. 目的を決める
2. 期間・更新を決める
3. アウトラインを決める
4. スケジュールを決める
5. 体制を決める
Column 事例を調査する
Ⅱ 企業戦略 _ 現状分析
1. MVVを振り返る
2. 事業構成を分析する
3. コア能力を再認識する
4. メガトレンドを調査する
5. 成長市場を調査する
6. 企業会計を分析する
7. 人的資本を分析する
8. 現状分析のまとめ
Column 長期経営計画は企業戦略でつくる
Ⅲ 事業戦略_ 現状分析
1. 事業業績を分析する
2. 内部環境を分析する
3. 外部環境を分析する
4. 現状分析のまとめ
Column 経営計画の先行研究
Ⅳ 企業戦略 _ 一次長期計画
1. 長期ビジョンを決める
2. 企業ドメインを決める
3. 事業ポートフォリオを決める
4. 成長戦略を構想する
5. 新規事業戦略を決める
6. M&A戦略を決める ←今回
7. 一次業績計画を策定する ←次回
8. 一次投資枠を設定する
9. 一次組織・TOPマネジメントを決定する
10. 全社一次要員計画を策定する
11. 企業戦略を事業戦略に展開する
12. 一次長期計画のまとめ
Column 事業承継に向けた長期経営計画
Ⅴ 事業戦略 _ 中期計画
1. 企業戦略を理解する
2. ミッション・バリューの見直しを検討する
3. 事業ドメインを決める
4. 目指す製品ポートフォリオを決める
5. 成長戦略を決める
6. 売上計画を精緻化する
7. 要員計画を精緻化する
8. 投資計画を精緻化する
9. 損益計画を精緻化する
10. ロードマップ・KPIを決める
11. 事業戦略を企業戦略へフィードバックする
12. 中期計画のまとめ
Ⅵ 企業戦略 _ 長期経営計画
1. 売上計画を確定させる
2. 投資計画を確定させる
3. 要員計画を確定させる
4. 採用計画を確定させる
5. 組織計画を確定させる
6. 人材育成計画を決める
7. 新規事業・M&A計画を決める
8. リスク管理計画を決める
9. IT投資計画を決める
10. 財務三表計画を決める
11. ロードマップ・KPIを決める
12. モニタリング計画を決める
13. コミュニケーションを開始する
14. 長期経営計画のまとめ
Column 社員がワクワクする長期経営計画
最後に私の著書を紹介させてください。(Kindle Unlimited の対象です。)
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