
長期経営計画のすすめ Ⅳ.長期経営計画の策定 13.リスク管理計画をつくる
1. ケーススタディ

明智「本日の会議のアジェンダはリスク管理計画です。長期経営計画の中でリスク管理を一つのテーマとして取り上げる理由を教えてもらえますか?」
前山「はい、企業経営における最大のリスクという意味では "倒産" ということになるでしょう。『長期経営計画とは、わが社が長期的に実現したい未来、およびその時の事業ポートフォリオを明らかにし、それを実現するための計画』ですが、リスク管理を行わなければ計画実現の前に倒産する可能性や、計画実現を妨げる場合が出てくるからです。よって私は長期経営計画の一つとしてリスク管理の計画を立てることをお勧めしています。」
専務「リスク管理は少し後ろ向きな印象がありますが、おっしゃる通り重要だと思っています。当社は人材紹介業なので多くの登録者の個人情報を保有しています。この情報が流出するようなことがあれば、まさに倒産の危機を招きます。」
明智「セキュリティに関するリスクにはコストをかけて対策していますが、100%安全ということはないので、常に心配ですね。」
社長「3年後に社長交代を計画していることはリスク管理になるのかな?」
前山「はい、その通りです。事業承継はリスク管理の重要なテーマの一つです。一定の時間をかけて取り組みますので、時間軸的にも長期経営計画として取り組むテーマです。」
明智「倒産につながるようなことに対策を講じていくと思いますが、多岐に渡りますね。」
前山「私は内部環境リスク、外部環境リスク、災害リスクの大きく3つに分けてリスクを洗い出すことをお勧めしています。内部環境リスクには、法令違反や労務問題、セキュリティ問題や風評被害、また先ほど話に上がった事業承継などが挙げられます。外部環境リスクには、PEST分析と言われるような法改正や外交問題、景気変動や為替・金利、人口動態やサスティナビリティ対応、AIなどの技術の変化などが挙げられます。災害リスクは外部環境に含まれますが、影響が大きいため切り出しており、地震や台風、コロナなどの感染症が挙げられます。」
専務「3つの分類の中に複数の項目があると思いますが、一つ一つ対策していくには費用と労力がかかりそうですね。」
社長「リスクの全てに対応せず、許容するという考え方もあるよね?」
前山「はい、その通りです。リスク対策の方向性には、回避、低減、移転、許容の4つがあります。リスク項目を洗い出した後に、それぞれの項目ごとに発生頻度と影響度の二軸で一次評価します。その上で、それぞれの対策を検討し、対策後の二次評価を実施し、その評価に対して詳細な計画を立てていきます。」
専務「なるほど。優先順位をしっかり決めて長期経営計画に落とし込みたいですね。」
(この後も活発な議論が行われ、専務中心にリスク管理計画を決定した)
2. リスク管理計画のポイント
リスク管理計画は、「リスクの洗い出し」、「リスク評価」、「リスク対策」の3つのステップで取り組んでいきます。それぞれのステップごとにポイントを紹介していきます。
第一ステップであるリスクの洗い出しのポイントは、内部環境リスク、外部環境リスク、災害リスクの3つに分けてリスクを洗い出すことです。「企業倒産につながるリスク」を視点にリストアップしていくのですが、実際に挙げていくといろんな観点があり、ある程度は網羅できたのか、よくわからなくなります。そのため、私自身のこれまでの経験から3つに整理しました。具体的には下記の表を参考にリストアップしてください。

業種や規模、上場の有無など、それぞれの企業に応じて加筆修正していただければ、リストアップが出来上がると思います。私が前職において社長を務めた企業では70項目を超えるリストが出来上がりました。
第二ステップであるリスク評価のポイントは、発生頻度と影響度の掛け合わせで評価することです。まず発生頻度はこれまでの発生した経験を参考にポイントをつけていきます。当然、過去に経験した頻度と将来の頻度が同じとは限りませんが、それを見込んでポイント化します。影響度については、売上の減少を目安にしながら倒産を最大リスクとしてポイント化します。まずは一次評価として、各項目ごとにポイントを付けていきます。

第三ステップであるリスク対策のポイントは、回避、低減、移転、許容の4つの方向性で対策することです。
回避とはリスクそのものをなくすことであり、リスクの原因となる事象や活動そのものを中止したり、取り組まないことで、リスク発生の可能性をゼロにする対策です。対策方法としては、新製品開発を実施しない、設備投資を辞めるなどが挙げられます。
低減とはリスクの影響を小さくすることであり、リスクが発生する頻度や、発生した場合の影響度を小さくするための方法です。対策方法としてはバックアップ体制の構築やマニュアル整備、教育の強化などが挙げられます。
移転とはリスクを他者に負わせることであり、リスク発生時の損害を第三者に負担してもらう方法です。対策方法としては保険契約や外注化などが挙げられます。
許容とはリスクを受け入れることであり、発生頻度が少なく、影響度が小さい場合やリスク対策に多大なコストがかかる場合に、リスクをある程度許容する方法であり、特段の対策は講じません。
リストアップした項目に対して、4つの方向性を参考にそれぞれ対策を検討していきます。それが終われば、対策後として、再度、発生頻度と影響度の二軸の掛け合わせでポイント化します。対策を講じていますので、ポイントがそれぞれ低下します。
ここまでできれば、許容すると決めた項目を除き、集約して対策できる部分もあるのでまとめていくと、リスト項目がかなり絞られてきます。残った項目に対してポイント数の高い項目から優先順位を付けて長期経営計画で取り組む項目を決定し、項目ごとに対策を講じる組織や部門に展開し、さらに詳細な対策計画を立て、推進していきます。
企業経営を取り巻く環境は日々変化しており、変化に伴って新たなリスクが生まれ、その対策が必要になります。守りの対策になるので優先順位が下がる傾向にありますが、取り返しがつかないことにならないように長期経営計画の一つのテーマとして計画をたて、着実に推進することをお勧めします。
今回は以上となります。次回は「Ⅳ 長期計画の策定 14.企業戦略を事業戦略へ展開する 」について書くつもりです。
【目次(案)】
Ⅰ 方針
1. 目的を決める
2. 期間・更新を決める
3. アウトラインを決める
4. スケジュールを決める
5. 体制を決める
Column 事例を調査する
Ⅱ 企業戦略の現状分析
1. MVVを振り返る
2. 事業構成を分析する
3. コア能力を再認識する
4. メガトレンドを調査する
5. 成長市場を調査する
6. 企業会計を分析する
7. 人的資本を分析する
8. 現状分析のまとめ
Column 長期経営計画は企業戦略でつくる
Ⅲ 事業戦略の現状分析
1. 事業業績を分析する
2. 内部環境を分析する
3. 外部環境を分析する
4. 現状分析のまとめ
Column 経営計画の先行研究
Ⅳ 長期経営計画の策定
1. 長期ビジョンを決める
2. 企業ドメインを決める
3. 事業ポートフォリオを決める
4. 成長戦略を構想する
5. 新規事業戦略を決める
6. M&A戦略を決める
7. 業績計画をつくる
8. 投資計画をつくる
9. 要員計画をつくる
10.人材確保・育成計画をつくる
11.組織計画をつくる
12.IT計画をつくる
13.リスク管理計画をつくる ←今回
14.企業戦略を事業戦略へ展開する ←次回
・事業ドメインを決める
・目指す製品ポートフォリオを決める
・成長戦略を決める
・損益、要員、投資計画を精緻化する
・ロードマップ・KPIを決める
15. ロードマップにまとめる
16. モニタリング計画をつくる
17. コミュニケーション計画をつくる
18. 長期経営計画のまとめ
Column 社員がワクワクする長期経営計画
最後に私の著書を紹介させてください。(Kindle Unlimited の対象です。)