長期経営計画のすすめ Ⅳ 企業戦略_一次長期計画 8.長期投資計画をつくる
1. ケーススタディ
明智「本日の会議のアジェンダは長期投資計画です。先日の長期業績計画にて2030年までの財務三表を策定しましたが、長期投資計画とはそれをベースとして追加検討していくのですか? そもそも投資の定義など、前山さんより説明をお願いします。」
前山「はい、ビジネスにおける投資とは将来の収益や成長を期待して資金を投じることです。具体的には、事業投資として設備入れ替えや施設の新築・増改築のための投資、新製品開発や新エリア開拓のための投資や新規事業投資、M&A投資などがあります。また人材投資として採用強化への投資や賃金増加への投資、人材育成などがあります。」
専務「わが社はサービス業なので大きな設備投資はありませんが、ソフトウエアやサーバーの費用などは年々増加しています。それらの費用と投資とは異なるものですか?」
前山「私は長期経営計画における投資とは、『これまでの延長線上ではない非連続な取り組みに要する資金の投下』と定義しています。先ほどのソフトウエアは継続的な費用ですので投資ではありませんが、仮に新規事業を立ち上げるためにソフトウエアの費用が必要になる場合、それは投資ということになります。」
社長「先日の長期業績計画にて社員の年収を上げていく計画を作ったが、これは投資と捉えてもいいのかな?」
前山「はい、これまでも少しずつ年収は上げてきたと思いますが、今回は非連続的に上げていく計画ですので人件費投資と位置付けて良いと思います。」
明智「投資計画ではテーマごとに金額設定していくことになると思いますが、限りある資金です。投資の上限はどのような基準で設定するのですか?」
前山「基準という意味ではCFが重要になります。わが社の財務状況は良好ですが、まずは現預金の最低ライン金額としての基準を決めましょう。投資に必要な資金を来期から2030年の間で毎期計画しCFの状態を把握します。同時に安全性を見る自己資本比率も毎期確認します。投資金額の内訳は販管費が多いと思いますがPL計画に反映させながら、毎期の収益性も大きく悪化しないか確認しておきます。」
専務「なるほど。また投資に対する回収という観点で、売上の増加や退職率の低下などの効果指標を計画しますか?」
前山「はい、その通りです。長期経営計画では事業ポートフォリオの再構築など長い期間をかけて取り組むテーマが多くなります。定量的な効果指標ごとに来期から2030年の間の毎期で計画していきます。」
明智「長期間になるので進捗管理を着実に行う必要がありますね。」
前山「まさにその通りです。着実にモニタリングできるように仕組みを作る必要があります。期中における定期的な進捗管理と、毎期ごとの経営計画のローリングを確実に行う必要があります。」
(この後も活発な議論が行われ、専務中心に投資テーマ、テーマごとの来期から2030年までの毎期の投資金額、投資に対する効果指標、モニタリングの方法を決定した)
2. 長期投資計画のポイント
長期投資計画の一つ目のポイントは基準をもって投資対象を決めることです。長期経営計画とは、わが社が長期的に実現したい未来、およびその時の事業ポートフォリオを明らかにし、それを実現するための計画です。よって長期経営計画における投資は事業ポートフォリオの再構築につながることが基準になります。
私のこれまでの経験からも、既存事業を飛躍的に拡大するための製品開発やエリア拡大のための投資、また新規事業の立ち上げや海外進出のための投資などが投資テーマとすることが多いです。また業種別で紹介すると製造業であれば新工場や新ライン、新設備への投資や、サービス業であれば人材採用や育成に関する投資がテーマに入ってきます。またM&Aに関わる取り組みも投資テーマとなります。
例えばケーススタディの対象である人材紹介業であれば広告宣伝費は経費の中で多くの割合を占めます。売上を急拡大させるために広告宣伝費を倍増することを投資テーマと位置付けるという考え方もあります。しかしながら、既存事業を現在の延長線上で拡大するというテーマは、長期経営計画においては投資テーマから外すことをお勧めします。当然、取り組まないということではありませんので、年度の予算で計画して進めていくことになります。
長期投資計画の二つ目のポイントは財務三表(PL/BS/CF)で試算しながら計画をつくることです。投資をすると現預金が外部に流出することになります。現預金が底をつくと企業は倒産するため、CFにおける現預金の最低ラインの金額を設定します。この基準となるラインは一般的に定まっていません。企業規模や業種によっても異なってくるでしょう。
基準に対する考え方としては、外部環境の大きな変化により、売上が大きく減少した際に持ち堪えることができるか、ということになります。近年のコロナの感染拡大による売上減少では、コロナ前に回復するのに宿泊業や外食業で3年間近く期間を要しています。そう考えると売上が0円ならば固定費の3年間分の金額が最低ラインになります。しかしながらコロナ禍でも売上0円が続いた訳ではなく、金額的にも非常に大きくなり現実的ではありません。一つの目安として固定費の半年分の金額を基準とすることをお勧めします。投資をしながらもその基準を下回るタイミングがないようにCF計画を立てていきます。
資金の流出は、BSおいては現預金の減少や固定資産の増加、借入を行えば負債の増加に現れます。PLにおいては費用の増加やそれに伴う利益の減少に繋がります。BS計画、PL計画もCF計画と合わせて長期計画を立てていき、安全性や収益性が大きく低下しないか確認しながら毎期の投資金額を決定していきます。
長期投資計画の三つ目のポイントはモニタリングを着実に行うことです。ビジネスは投資回収です。投資に対する回収を示す指標を定め、毎期ごとに定量的に計画します。その計画に対する進捗を月次もしくは四半期ごとに経営陣にて確認して必要な対策を講じていきます。また毎年の計画のローリングでは必要に応じて計画の見直しを行っていきます。
長期的に取り組むテーマになりますので、進捗度合いが小さかったり、他の緊急事項によってモニタリングの優先度合いが下がるケースがよく見られます。しかしながら、わが社が長期的に実現したい未来を常にイメージし、歩みを止めず前に前に進めていくことが重要であり、そのことにより長期経営計画が達成に近づいていきます。
今回は以上となります。次回は「Ⅳ 企業戦略 _ 一次長期計画 9. 長期要員計画をつくる 」について書くつもりです。
【目次(案)】
Ⅰ 方針
1. 目的を決める
2. 期間・更新を決める
3. アウトラインを決める
4. スケジュールを決める
5. 体制を決める
Column 事例を調査する
Ⅱ 企業戦略 _ 現状分析
1. MVVを振り返る
2. 事業構成を分析する
3. コア能力を再認識する
4. メガトレンドを調査する
5. 成長市場を調査する
6. 企業会計を分析する
7. 人的資本を分析する
8. 現状分析のまとめ
Column 長期経営計画は企業戦略でつくる
Ⅲ 事業戦略_ 現状分析
1. 事業業績を分析する
2. 内部環境を分析する
3. 外部環境を分析する
4. 現状分析のまとめ
Column 経営計画の先行研究
Ⅳ 企業戦略 _ 一次長期計画
1. 長期ビジョンを決める
2. 企業ドメインを決める
3. 事業ポートフォリオを決める
4. 成長戦略を構想する
5. 新規事業戦略を決める
6. M&A戦略を決める
7. 長期業績計画を決める
8. 長期投資計画をつくる ←今回
9. 長期要員計画をつくる ←次回
10.長期組織計画をつくる
11.企業戦略を事業戦略に展開する
12.一次長期計画のまとめ
Column 事業承継に向けた長期経営計画
Ⅴ 事業戦略 _ 中期計画
1. 企業戦略を理解する
2. ミッション・バリューの見直しを検討する
3. 事業ドメインを決める
4. 目指す製品ポートフォリオを決める
5. 成長戦略を決める
6. 売上計画を精緻化する
7. 要員計画を精緻化する
8. 投資計画を精緻化する
9. 損益計画を精緻化する
10. ロードマップ・KPIを決める
11. 事業戦略を企業戦略へフィードバックする
12. 中期計画のまとめ
Ⅵ 企業戦略 _ 長期経営計画
1. 売上計画を確定させる
2. 投資計画を確定させる
3. 要員計画を確定させる
4. 採用計画を確定させる
5. 組織計画を確定させる
6. 人材育成計画を決める
7. 新規事業・M&A計画を決める
8. リスク管理計画を決める
9. IT投資計画を決める
10. 財務三表計画を決める
11. ロードマップ・KPIを決める
12. モニタリング計画を決める
13. コミュニケーションを開始する
14. 長期経営計画のまとめ
Column 社員がワクワクする長期経営計画
最後に私の著書を紹介させてください。(Kindle Unlimited の対象です。)