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夢の話

高校の教室にいた。担任は、20代中頃で元柔道メダリストの野村忠宏の様な顔をした男性教師だった。覚えのない男だったが、よくいる感じの、容姿と若さと体力で自信が溢れ出ていて、それが威圧的に感じるような雰囲気の教師だった。

何の授業だったか忘れたが、隣の席の物静かな加藤くんがあてられた。

『Somewhere over the rainbow(虹の彼方に)』を歌わされるというもの。

加藤くんは、おずおずと席から立ち上がりながら、何を思ったか私にボソッと、ふくちさんなら上手く歌えるだろうに、と言った。ちなみに私はものすごく音痴であるが、もちろん加藤くんは知らない。

ためらいがちに小さな声でたどたどしく歌い出した彼の音程は不安定で心細く、聴いている私がいたたまれなくなった。その間、教師は生徒の机の周りを軽く節を取りながら歩いていた。

この歌は、音程の取り方が難しいと思っていたが、それ以前に加藤くんは緊張が優っていた。そりゃそうだろう。

歌の途中で、加藤くんは英語の歌詞に詰まってしまい、口ごもる。教師は、足を止めて俯く加藤くんを無表情で見ていた。

私は、ものすごい理不尽さに怒りが込み上げてきたが、教室があまりに静かだったので、黙っていた。

すると、教師は、さも当然のように大場さんを次に指名した。大場さんは、歌うのが好きな印象があるので、彼女で少しホッとした。しかし、静まり返った教室で、意図していない聴衆の前で、伴奏もなく、1人自分の席で立たされて歌わされるのは、心細く緊張するし、嫌なものだと思う。

大場さんの声は、加藤くんよりはいくらかしっかりしていたが、それでも心細く響いた。

教室の中は、次に自分があてられるのではと戦々恐々として、みんな首をすくめて下を向いていた。緊迫した重い空気の中、大場さんの歌を聴きながら、教師への怒りはどんどん膨れ上がっていた。

全く違うはずなのに、何となく強制収容所のことを思い出していた。射すくめる命令する監視役と不条理な命令の恐怖に怯える囚人…嫌な図だ。

私はこの中で(1人だけ中身は)大人だったから、歩き回る教師をものすごい形相で睨みつけていた。

そもそも、こういう人間が嫌いだった。大学出たばかりの人生経験もろくにしていないくせに、自分より若い逆らえずに萎縮する弱者を前に威圧的な態度を取るこの男が憎くて仕方なくなった。無意味なこの命令は、完全に権力を笠に着た弱者(生徒)を辱める行為でしかない。ナットキングコール(なぜかこの名前が出てきた)とかじゃないと上手く歌えないくらい難しい曲なのに。取り留めなく溢れ出る怒りでぐるぐると考えながら、大場さんが歌い終わったら、一言、言ってやろうと息巻いていた。怒りのせいで、大場さんの歌詞も耳には入ってこなかった。

興奮すると声帯が震えて、吃音っぽくなるので、なるべく感情は抑えなければと、何度か深呼吸する。

堪忍袋の尾が切れる寸前で、気づくと大場さんの歌が最後の小節にかかっていた。そして、ちょうど教師と目があった。

彼は、私の目つきに一瞬だけ眉を動かし、そのまま立ち止まって目を逸らさずにいた。大場さんが歌い終わった瞬間、目が合った状態で彼の口がゆっくり開こうとしていた。

彼が何かいう前に、私は、頭と心の中で怒りが渦巻いていた全ての言葉を言ってやろうと、乱暴に大きな音を立て椅子を引き下げ、席を立ち上がった。

その瞬間…

地震がおきて、市の防災無線が町中に響いた。

……オイ!この怒りは、どこに持っていけばいいんだよっ!!



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