大切な本(原案) 創作マンガの原案小説
漫画を描こう、その前にお話を作ろう‥と思い書きました。ここから、ああでもないこうでもないと削り膨らませて、色々と変更するなりして、漫画にしていこうと思います。
「どんな本を読んでいるのかがわかったら、きっと突破口が開けるはずだ。」
彼女はいつもの定位置に、いた。
都会からの学校帰りの電車、既に田舎に入り車内に人はほぼいない、その6号車(最後列だ)の端っこ。黒いブックカバーに覆われた本に愛おしげに目を通しながら、彼女は、いた。大きさから言って、ハードカバーの本だ。文庫本以外にもブックカバーってあるのだな、とそんなことをつらつら考えながら、彼女を目で追う。本を覗き込んだメガネの奥で目が優しげに微笑む。きっと大事な本なのだろう。ああ綺麗だ、と僕は思う。
田舎暮らしで都会への通学は長い。電車では本を読むと決めていた。だけど、高校生になってからは僕の読書はちっとも捗らない。
僕は文庫本を抱えながらいつも横目で彼女を追っていて、どんな本を読んでいるのだろう、と想像を膨らませている。彼女は同じ高校のきっと先輩だ(制服でわかる)、そして僕と帰る方向が同じで、いつも本を読んでいる。黒髪のストレートで黒縁メガネ、細い唇をキュッとむすんでいる。
それが僕の知っている全て。名前も知らないのに、高校に入って半年、ふと気がつくと僕は彼女の事が知りたくて電車の中で、いつも悶々としていた。
声をかける勇気は、ない。僕の降りる一駅前で彼女は降りる。既に随分都会から離れ、無人駅が中心だ。彼女の降りる駅で自分が降りるのは不自然だし、ストーカーと間違われたくない。言い訳だ。いつも、不甲斐ない自分を悔いてる間に彼女は電車を降りていく。
何かきっかけが欲しかった。で、思いついたのは「どんな本を読んでいるかわかれば」という事。同じ本を読めば共通の話題ができる。確かにもっと方法はあるのだろうと思うけど、それぐらいしか僕には思いつかない。でも、どうすれば読んでる本がわかる?
ブックカバーが邪魔して、タイトルは見えない。本の中を覗き見できるほど、近づくなんてそれこそ不自然だ・・
その日もそんな自問自答を繰り返していたから、彼女から話しかけられた時は恥ずかしいほどに取り乱した。
「あの・・帰りの電車、よく一緒になりますよね?いつも本読んでますよ・・ね?」
「え・・あ・・そう、本。本、読んでます」自分の声が遠くに聞こえる
「あ、その、急に話しかけてごめんなさい。同じ高校ですよね?よく見かけるな、と前から思ってて・・変な女と思われちゃいましたかね?」
彼女が僕を見て、はにかみ微笑む。僕は心臓がバクバクとうるさく、彼女に聞こえるんじゃないかと、そんなことを思いながら言葉を探す。
「変だなんて思わないです!僕もよく見かけるなって、本読んでるなって思ってました!えっと・・そのあの・・白桜高校に今年入学して・・先輩、ですよね?」
「やっぱり同じ高校だね。私、伊藤って言います。学校、遠いですよね。」
「え、あ、名前、島田です。毎日電車往復で、3時間以上ですからね‥」
「よろしくね、島田さん。電車は長いけど本が読めるからいっか、で感じじゃないですか?あなたもそのクチかなー、なんて思っていたのだけれど」
「あ、わかります。伊藤・・先輩。その‥」
頭の中ではぐるぐると、本の名前、本のジャンル、チャンスだ聞け、聞くんだ・・と、
「島田さんはどんな本読んでるの?」
「っ・・もっぱらミステリ、ですね。」
「おお、同志ですね!国産?海外もの?ジャンル何?本格派それとも社会派?まさかのハードボイルド?」
「まさかって何ですか‥。雑食ですけど国産の本格派が多いですかね。」
この日を境に、伊藤先輩と僕は電車の中で話をするようになった。周りに人がいる間は暗黙の了解のように、お互いそれぞれの読書に勤しむ。郊外に入り車両に人がいなくなると、今読んでいる作家、本について紹介しあう。
彼女は古今東西のミステリに精通していて、僕が読んでいる本はまず読了済み。おすすめの本を紹介してもらうのが楽しみだった。いや、とにかく、彼女と話せる帰りの電車が楽しみでしかたなかった。あっという間に数ヶ月がすぎた。
「伊藤先輩もミステリ好きでラッキーでした」
「ん?何で?」
「いや、めちゃくちゃ詳しいし、おすすめ本まず外さないですし」
「あのね、島田くん。実は私、特別にミステリが好きなわけではないのですよ?」
「え?そんなに詳しいのに??」
「私は本なら何でも好きで、詳しいの。島田くんにあわせたのよ」
「え・・と・・」
「ミステリも勿論好きですよ。好きでもないのにフリをしたってことではないからね。でも、同志って言ったのは、わざと。」
「その・・何で・・」
「何で、でしょうねえ?」
彼女がクスクス笑う。僕は、自分の耳が熱くなっていくのを感じる。
何か、何かしゃべらないと・・
「そういえば、良く電車で読んでた本、読んでないですね?」
何の気なしに言った僕の言葉に彼女の笑いは止まり、目が不自然に泳ぐ。
「ん‥そんな本あったっけ?」
「前はずっと読んでたじゃないですか。黒いブックカバーのハードカバーの本。あれ、何の本なんですか?大事にしてそうでしたけど・・」
しばしの沈黙。
「・・とぼけても駄目か。でも、絶対内緒です。知られるの、恥ずかしい本だってあるじゃない?」
「うわ、そう言われたらすげー気になる!どんなのでも引かない自信ありますけど、僕!」
「ダメです、内緒!」顔を真っ赤にして横を向く彼女。
内緒にしたい本があるのはわかるけど、あんなに愛おしげに読んでいた本が何の本か知りたくなるのは当然だ、それが「好きな人の大切な本」なら尚更に。
電車を降りる彼女を見送りながら、僕はそう、自問していた。
思っていたより早くその時は訪れた。
その日、彼女は随分と疲れている様子で、
「ごめんね・・受験勉強あって疲れてて・・駅着いたら起こしてくれるとありがたい・・」
そんな風に言って、眠りについた。無防備に寝ている姿を見て、信頼されている証のように思えて、僕は誇らしかった。
急カーブに差し掛かり彼女の脇に置いていたカバンがぽそっと、倒れる。文庫本とともに黒いブックカバーの本がするり、と飛び出し、ベンチに鎮座する。
彼女は全く起きる気配が無い。「伊藤先輩・・」小声で声をかけながらバッグに文庫本を戻す僕。眠っている。「タイトルだけでも‥」躊躇しつつも僕は耐えがたい誘惑にかられ、そっと黒いカバーに覆われた、その本を開いた。
真っ黒。タイトルを確認しようと最初のページを確認だけ‥とそう思っていた僕は、面食らった。訝りながら、そっとページを繰る。どのページにも漆黒の闇が広がっていた。と、
「人の本を覗くのは…ルール違反ですよ」寝ていると思った彼女が笑ってこちらを見上げている。
「伊藤・・先輩。この本、ページが真っ黒って・・?」
僕の問いかけには答えず、彼女は繰り返す。「人の本を覗くのはルール違反ですよ。ルール違反ですから、しようがないと思って下さいね?」
彼女が歌うようにそう言った次の瞬間、目の前に闇が広がる。驚いて目を瞑る。ふっと体が軽くなる。
気がつくと僕の周りは前後左右真っ暗で、浮遊感を感じ下を見ても、闇。暗闇の中に浮いている感覚。パニックになりながらも頭上に視線を感じ、上を見上げる。見下ろす彼女の顔が、見える。やっぱり綺麗だ、混乱と恐怖が入り混じった頭の片隅で、思ってしまう。
「この本は、私の大切な思い出が詰まっている大切な本。日記のようなものなの。あなたも大切な思い出に、なるわ」そう言いながら、うっとりと彼女は僕を、ページの上から、撫でる。どうやら僕は、「大切な本」の中にいるようだ。僕が開いた、真っ黒なページの中に。言葉もなく見上げる僕を覗こみながらそっと彼女が呟く。
「あなたとの思い出のこのページ、私はきっと、ずっと大切にする」
僕を、僕のページを撫でながら、彼女が呟く。メガネの奥の目が、いつか見たあの時と同じように、愛おしそうに、優しげに微笑んでいた。