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きみは三島のすごさを知っているか
きみは三島を知っているか。三島は、伊豆半島のつけねにある街である。東海岸は熱海と西海岸の沼津のあいだにあるふたつの駅のうち、西側にある方が三島である。北西に雄大な富士をのぞみ、富士からの澄んだ湧水が小川となって街のいたるところを流れる、そういう街だ。三島由紀夫の筆名の由来となったことをご存知の方も多いだろう。
ちなみに東側の駅は「函南」といい、「かんなみ」と読む。知らなさがすごい。
先日、三島へ一人旅に行ってきた。クラフトビールめぐりをしているときに偶然通りかかって、なんか変わった街だぞ、じっくり来てみたいぞと思っていたのである。
三島のどこがすごいか。それはまず、食べログを見ることで直感できる。
いっせーのせで下駄を脱げるか
食べログ(三島市)
https://tabelog.com/shizuoka/C22206/rstLst/
旅行前の下調べとして食べログを繰っていたわたしはふと、なんか有料会員が少ない気がするな、と思った。
有料会員とは、食べログ掲載にあたってお金を払っている店舗である。
食べログ(PC版)の画面上部にある4つのタブのうち、PR店舗優先で検索すると(これがデフォルト設定だ)、有料会員である店舗が優先的に表示される。また、検索画面の店舗名直下にPR文を入れたり、より大きな写真を掲載したり、自店舗のページに競合店を表示しないようにできる。アクセス数と囲い込みの効果を買っていると言える。
近隣市と比べてみよう。例えば総登録店舗数の近い熱海市。(以下の数字は全て2022年9月18日時点)
食べログ(熱海市)
https://tabelog.com/shizuoka/C22205/rstLst/
総登録店舗数:有料会員店舗数は、三島市840:9に対して熱海市870:34である。
熱海という観光都市と比べるのは不適切だろうか。では、お隣の沼津ではどうか。ラブライブ!や深海魚水族館、沼津港という観光資源に恵まれているとは言え、北側には明電舎やリコーの巨大な事業所があり、新しいマンションもぼこぼこと建っている、地元住民の需要もしっかりと掬っていかねばならない街である。
食べログ(沼津市)
https://tabelog.com/shizuoka/C22203/rstLst/
総登録店舗数:有料会員店舗数は、三島市840:9に対して沼津市1541:30である。
少ない、と言えるのではないだろうか。
付け加えると、三島の有料会員9店舗のうち4店舗が伊豆・村の駅なる国道沿いの施設内にある飲食店である。これは施設内の飲食店全てだから、店舗ではなく施設側の意向という可能性も読み取れよう。そのうちの一店舗である肉菜汁餃子・餃一郎は、有料会員であるにもかかわらずトップページにPR文を入れておらず、メニューも登録していない。トップページの写真が大きくなければ有料会員だと気づかなかったところだ。自らの意思で有料会員となった店舗が、こんなもったいないことをするだろうか。
これらの4店舗を除くと、わずか5店舗ということになる。
これは私の完全な邪推、妄想、白昼夢なのだが、このあたりの飲食店店主たちは「食べログさんにはお金を払わんことにしよね」と、水面下で合意しているのではないだろうか。
公共交通機関のひしめく大都会ではなく、車での行き来が多い地方都市で、まして酒を飲ませる店ならば、競争相手は同じ地域内の飲食店である。見る方はその中で相対的に比べるのだから、いっせーのせで下駄を脱げば、全員が食べログにお金を払っているのと変わりない。
理屈の上ではそうだ。
しかし……できるかね!?
「いやいや、ウチはやるよ、おたくらと違って、うちは沼津や熱海の客も欲しいからね」という人気店がいくつかでも出てくれば、たやすく瓦解する取り決めである。食べログをスクロールしながらわたしは慄然とした。
いかがだろうか。根拠が妄想という点に目をつぶれば、なんだこの街は、という感じがしてきたのではないだろうか。
もしも自分ちの裏が観光地だったら
三島は富士山からの湧水に恵まれた街である。旅行中も、そこかしこで澄んだ流れがさわやかな音を立てていた。
中でも源兵衛川は白眉である。川の中に飛び石でできた道があり、澄んだ川のわずか数センチ上を散歩できるという趣向がすばらしい。途中で5歩程度、飛び石が水に沈んでいたのもニクい。耐水性のない靴でも爪先立ちになればなんとか靴下を濡らさずに渡りきれる程度の水深で、水の流れを振動として感じるのは趣き深い。
三島市観光Web 源兵衛川
https://www.mishima-kankou.com/spot/287/
さて、この川沿いに何があるかというと、ひとんちがある。
飛び石の遊歩道を歩きながらわたしは目を疑った。遊歩道と家は確かに川で隔てられているが、しかし水深は浅く、よおし、上陸しちゃうぞ、と決めた人間を阻めるものでは決してない。わたしが子どもで、ここで川遊びをしていたら絶対に対岸まで行ってみるだろう。にもかかわらず柵も何もなく、目隠し程度の庭木の向こうに、川をのぞむリビングルームが泰然と存在している。
もしも今、大人になったわたしがここへ住むことになったなら、川と自宅の間に高さ2メートルのフェンスを作るだろう。むろん、その上にトゲトゲもつける。だってやだから。知らん子どもが庭木に突っ込んできたり洗濯物に泥を投げてきたりしたらやだから。
でも、そういう無粋なものは、この川沿いにないのである。え〜〜〜っ。
もしかして、ごく最近整備されたのだろうか。で、工事の手配が間に合ってないとか?
旅行を終えてから調べてみると、この飛び石の遊歩道は平成17年頃に完成したものらしい。平成2〜9年頃にも第一次整備が行われており、どの部分がいつ作られたのかまではわからないが、全然最近ではない。自分ちのド裏が観光客の遊び場になったのか、それとも観光客の遊び場がド裏に来ることを承知で家を建てたのか、いずれにせよ、人や視線を遮ろうとするようなゴリついた建造物は今に至っても見当たらない。なぜ。
三島市 源兵衛川プロムナード修景整備事業
https://www.city.mishima.shizuoka.jp/seseragi/jigyo6.htm
環境省 「環境用水の導入」事例集~魅力ある身近な水環境づくりにむけて~
https://www.env.go.jp/water/junkan/case2/pdf/31.pdf
整備時期について調べていたところ、環境省の事例集を読んで思わずうるっときたので一部抜粋したい。
対象地域の概要
源兵衛川の水源は町の中心部の楽寿園内にある湧水池でしたが、湧水量が減少し始め、流量の減少により30年程前にはドブ川と化しました。(中略)湧水の復活について地元住民から強い要望が出されました。
導水を開始した平成4年には、冬期は700m3/h(16,800m3/day)でしたが、東レの尽力により増量が可能となりました。
関係主体者との調整
地下水の利用については、上流地域との調整も必要不可欠な要素で、三島市は地理的に湧水が湧き出る場所に位置していますが、だからといっていくらでも使っていいというわけでもありません。上流地域に対して「三島市ではどの程度の揚水制限を実施し、どういった形で地下水を利用するのか」というきちんとした姿勢を示し、その上で上流地域の方々に地下水の利用への制限に協力していただく、という姿勢でのぞんでいます。
整備時・今後の課題
ホタルの復活やカワセミの飛来等、生物の多様性に対する効果が期待されますが、親水空間としての開放と生物保護が相反します。サンクチュアリーを作るわけではないので、子どもへの環境教育や自然観察ルールの確立が今後の課題としてあります。
注目すべき事項
住民の水環境に対する強い関心が非常に強く、NPO等の積極的な参加があります。また、企業の協力により、冷却水の導水が可能となっており、こうした企業の協力による導水事例は珍しいです。 三島市ではグラウンドワークラストの理念に基づき、協働で各種用水に関する事業化を推進しています。
go.jp アドレスのPDFを読んで心が震えたのは初めてだった。
わたしは旅行中に見た三島の景色をあらためて思い返した。あの日、何気なく歩いて眺めたきれいな川は、かつて水量の乏しいドブ川と成り果てていたのだ。そのことを憂いた住民が、近隣の大企業や行政の支援のもと、澄んだ豊かな流れを取り戻したのだ。あれは一度失われ、しかし長く熱心な努力によってやっと取り戻された景色だったのだ。
だとすれば、ようやく澄んだ姿を見せてくれたせせらぎとの間を、極力遮りたくないというのも理解できる。観光客が水辺に集まって歓声を上げている、そういう光景は、もしかしたら喜ばしいものとすら映るのかもしれない。
旅行の前、食べログの検索画面を眺めて感じたかすかな違和感が、川べりの泰然としたリビングルームの姿が、ひとつの流れに依り合わされていくような気がした。
三島は富士からの澄んだ湧水と、そして献身的なまでに三島を愛する人々に恵まれた街だったのだ。
あの日見た花の意味を僕達はまだ知らない
三島では、三島梅花藻、という水中植物が推されている。梅に似た白い花を咲かせる藻である。
三島市観光Web 三島梅花藻
https://www.mishima-kankou.com/spot/1741/
旅行の途中、「三島梅花藻の里」に立ち寄って、観光資源とするには頼りない花だなあと思った。なにしろ花が小さい。咲き始めの梅程度、おまけに水中にあるので、花であると直感することすら難しい。目に馴染んでくるまでは、「水中植物の丸い葉が日の光を受けて光っていることだなあ」とばかり思っていたほどだ。ちなみに、梅花藻の遠景写真を見出しに設定している。
その小さな白い花を、まず水面からギリギリ顔が出るようにセットし、しかるのち繊細なホースからぴしゃぴしゃと水を浴びせ続ける。そういう努力を重ねてようやく、水中の藻に咲く小さな花が、人々の目に届く。
三島梅花藻の楚々とした姿と、その力の入れようにアンバランスなものを感じ、首をひねりながら宿へ戻ったのを覚えている。
三島から持ち帰ったパンフレットをひらく。三島梅花藻は水質汚染にとても敏感で、きれいな水の中でしか育つことができない、とある。