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春の驟雨と春の影(清水春馬)

助けてなんて言えるわけないよね、
でも死んでほしくなんてなかった。
今急に降り出した雨の中で海を見ている、
浜辺に穴があくように刺さる雨を見てる。

砂浜に棒を立てる、
そこら辺に落ちてるのでいいから、
なるべくちゃんと長いやつ。
風で倒れないようにちゃんと掘ってから埋める。
朝の海から太陽の光がくる、
ここまで影がきたらお昼ご飯。
影がこう落ちたら夕方だから家に帰るって、
教えてくれたの覚えてる。



一度も会ったことがなかった、
声も聴いたことがなかった。
名前も顔も年も仕事も、でも生活を知っていた。


好きなことを勝手にお互い書いてたと思う、
趣味が合うわけでも考え方が合うわけでも
何かが似てるわけでもなかった。
でも、話が好きだった。話し方が好きだった。
やりとりするのはたまにだけ、
それもどうでもいい話だけ。
いっつも上げる写真がなんかどれもよくて、
庭の草花、夜明け前の海、お弁当、帰り道の猫。
静かな台所、使い込まれた低い机、夜の電灯。


あの時自分は家にいて、
仕事して自炊して掃除したりの毎日で。
毎日どっかがやばいってリンクが流れてきて、
ちょっと高い食材を安く買ったりとかして。
通勤がなくなって時間ができて、
積んでた本とか見逃してた映画をやっつけてた。
好きなお店が消えないように寄付とかもした。


気がついたのは見返したとき、
いつもの朝の海のあとの、
お弁当の写真がなくなってた。
それからほどなく夕食の写真が消えてた。
あの時は別に気にしてなくてわからなかった、
それが何を意味してたのか。


家族の人が書き込んだ訃報は、
なんだか嘘の夢みたいだった。


あの時にした募金とか買った名物とか、
なんかもう全部が間違ってた気がする。
みんながもう知ってて高級で有名な、
売り切れたりするような商品じゃなくて、
5キロの米だとか、インスタントの味噌汁とか、
それこそ肉でも野菜でも卵でもサプリでも、
全然買えたのに、知ってたら贈れたのに。


あの人はここで助けてなんて言わなかった。
ただ毎日のささやかなことを書き続けてた。


あの時に、あの人は助けてもらえなかった。
助けてって言いに行って追い返された、
日記にそう書いてあったって。


言わなくても助けてもらえるのと、
言って助けてもらうのと、
言わないで助けてもらえないのと、
言っても助けてもらえないのじゃ、
最後のが一番ひどいよね。


強い人じゃなかったんだ、それは知ってる。
ずっと知ってた。
ずっと何年も、一緒にいたから。



仕事でいろいろあってこっちが無理だった頃、
寝れなかったり変に目が覚めたりしてると
あの人はもういつもと同じに起きていて、
寝らんないとか寒いとか言ってたら、
石油ストーブの動画を上げてくれた。
春の海に行くまでの道も見せてくれた、
ハマエンドウ、ハマツメクサ、ハマヒルガオ。
この時期に咲く花の名前を教えてくれた。
今年も咲いた、これ覚えてる?
スナビキソウ、正解。
そういう時間はただ流れて続くと思ってた。



あれからずっと春が来ると、
どうしていいかわからなくなる。
思い出はいつだって、少なすぎるし多すぎる。

何年前かな、偶然、この海だってわかって。
それからずっとこの時期になるとここに来てる。




あの人が教えてくれたのは海に一人で、
何も持ってなくても砂浜に棒を立てる。
光が海の向こうからやってくる、
今は強い雨で見えないけれど本当は射してる、
その光で影がここに来たら、春。


(2020.5.21)



〈清水春馬/Twitter:@shimizuharuma 主催者の相馬さんとは一度寿司を食ったことがあります。共通点は馬です。〉

春の光と春の風  
春の希望と春の愛 
春の未来と春の空 
春の記憶と春の幻 
春の嵐と春の告白
春の夜中と春の声 


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