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新しい発信者情報開示請求制度のまとめ

(速報です。法案の条文を読んで分析した結果ですが、取り急ぎのもので、不正確、わかりにくい、あるいは変更のある点もありえます。随時更新しますので、ご注意下さい。)
新しい発信者情報開示請求手続きの法案が、閣議決定されました。今後、修正も予定されていますが、概ね、法案どおりの改正で通過することが予想されます。そこで、ここでは、その制度を、できる限りわかりやすく解説したいと思います。

わかりにくいという話しもあったので、(・∀・)顔文字(^ω^)の物語形式の解説も作りました「物語で分かる新しい発信者情報開示請求」。

1と2は前置きですので、従前の手続きを知っている方は、3からご覧下さい。

1.これまでの手続き

ネット上の匿名の投稿について、その責任を追及するには、まずは、投稿者を割り出す必要があります。どこの誰か分からないと、責任追及のしようがないからです。

この場合は、発信者情報開示請求という手続きをとります。匿名の投稿といえども、通信記録は残っているわけですから、通信記録を持っている人、つまりはプロバイダに教えてくれと開示請求をするわけです。

ここで用語の整理ですが、掲示板やブログ管理業者など、投稿されるメディアを管理する者をコンテンツプロバイダといい、携帯電話の会社など、通信手段を提供する会社を経由プロバイダといいます。

掲示板Aに誹謗中傷と考えられる投稿がされた場合を考えます。投稿者が利用しているプロバイダはBでした。

まず、この場合のコンテンツプロバイダは、Aです。これは、他ならぬ請求者(投稿の被害者をいいます。被害者だと確定しているわけではないので、あえて、こう呼ぶことにします。)が閲覧して被害に気がつくわけで、コンテンツプロバイダはAだということは、すぐに分かります。

もっとも、この問題の投稿をした人はもちろん、使っているプロバイダであるBは、この時点では分かりません。したがって、経由プロバイダは、今の時点では、不明、ということになります。

まず、最初に、コンテンツプロバイダつまり掲示板等に対して、IPアドレスとその時間の開示請求をします。IPアドレスとは、インターネットの接続端末それぞれに割り振られた識別番号で、いわばネットの電話番号のようなものです。貸し出し制なので、時間とペアで(つまり、投稿時に使っていた人は誰か)、開示請求をします。

これで、投稿者のIPアドレスと時間が分かれば、その時間に、そのIPを使っていた人が原則として発信者となります。

そして、IPアドレスについては、どの経由プロバイダが管理しているか、ネット上のサービスで簡単に調べられます。そこで、「この時間にこのIPアドレスを使っていた契約者は誰ですか?」ということで、経由プロバイダに2回目の発信者情報開示請求をします。

経由プロバイダは、インターネット接続サービスを提供している、つまりは、利用者と契約をしているわけですから、当然、住所氏名を知っています。こうして、経由プロバイダから契約者の住所氏名を入手して、投稿者を突き止める、というわけです。

2.問題点

1で述べたとおり、請求者は、最初、どこに投稿されたか、つまりコンテンツプロバイダしかわかりません。経由プロバイダは、IPアドレスを手に入れてからしかわかりません。

1回目の発信者情報開示請求でコンテンツプロバイダからIPアドレスと時間との組み合わせを入手し、その上で経由プロバイダを割り出して、2回目の発信者情報開示請求をして、やっと、発信者にたどり着けます。

しかも、経由プロバイダは、ほとんど全て裁判をしないと、発信者情報開示請求に応じません。任意の裁判外の請求では応じません。コンテンツプロバイダも、最近は、争うところが非常に多いです(手強さはいろいろあります。これについては「発信者情報開示で手強い・頼もしいプロバイダとそうでないプロバイダ」を参照して下さい。)。

となると、2回も裁判をしないといけない、そこまでいって、やっと発信者にたどり着ける、これが他の名誉毀損事件なら、「いきなり請求」もできるのに、大変だ、という問題があります。

一方で、匿名の情報発信の自由、表現の自由、スラップ訴訟(恫喝訴訟)の抑止、という問題もあります。

これらの双方に配慮して、今回、閣議決定されたのが、新しい発信者情報開示請求手続きということです。

3.改正の概要

法改正の概要は、多岐にわたりますが、重要点の要旨をまとめるとつぎのとおりです。

①開示の要件は、情報流通による権利侵害の明白性であり、維持される。なので、これまで開示されなかった投稿が開示されるようになることはない。
②新しい裁判制度である「発信者情報開示命令事件」が導入される。同制度は裁判所が柔軟に処理できる。

③発信者情報開示命令事件では迅速に手続きが進み、コンテンツプロバイダ・経由プロバイダへの請求がひとまとまりで可能になる。

4.新しい手続きによる開示請求の流れ

これまでは1で触れた様に、経由プロバイダにIP開示の仮処分の裁判を行い、そこから経由プロバイダを特定し、さらに経由プロバイダに通常訴訟で住所氏名の開示の裁判が必要でした。

新しい手続きである発信者情報開示命令事件の制度では、概ね、次の様な流れになる事が想定されます(細かい申立てとか、そういうのは省略しています。)。

①裁判所に発信情報開示命令事件を申立てる(請求者=申立人)。相手方は掲示板等のコンテンツプロバイダである。
②裁判所からコンテンツプロバイダに対して、「保有するIPアドレスから経由プロバイダを割り出し、経由プロバイダはどこか、申立人に伝えるように命令する。

③申立人は、②で教えてもらった経由プロバイダに対する発信者情報開示命令事件を申立てる。
④③を受けて、コンテンツプロバイダが経由プロバイダに問題のIPアドレスを提供(申立人には伝えない。)する。
⑤裁判所の審理の結果、開示の判断がなされる。

もっとまとめると、コンテンツプロバイダ(SNS・掲示板等)への開示請求、経由プロバイダ(携帯電話会社)などの開示請求+ログの保存請求、これらを一連の手続きで行うことができる、ということです。請求→開示→請求→開示みたいなたらい回しされずに済みます。

しかも、非訟事件ということですので、通常の裁判みたいに公開法廷で口頭弁論などする必要もありません。非常に迅速かつ柔軟です。

特色としては、次の様な点です。すなわち、経由プロバイダつまり接続に使ったプロバイダは、これまでの手続きですと、コンテンツプロバイダへの開示の仮処分が通らないとわかりませんでした。ですが、裁判所は、最終判断に先立って、経由プロバイダの名称の開示命令を出すことができます。

つまり、請求者は、最終判断前に、経由プロバイダを知ることができるので、速やかに、経由プロバイダに開示請求を行う事ができる、というわけです。

問題は、IPアドレスがわからないと経由プロバイダも開示やログ保存のしようがない、というところです。ですが、それは、コンテンツプロバイダから経由プロバイダに請求者には内緒で直接伝える、ということになっています。面白い仕組みですが、合理的です。

さらに、ログを消してはいけない、という命令の制度もできました。これまでは、民事保全で別に申し立てる必要はありましたが、新制度では、開示請求の手続きの中で加えて命令を出すように申し立てることができます。非常に使いやすくなりました。

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