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【オメガバース小説】犬のさんぽのお兄さん【第122話】

【地方都市×オメガバース】オメガでニートの園瀬そのせあずさは、T中央公園を散歩中に謎の長髪イケメンアルファ(ダサい臙脂えんじのジャージ姿)に出会う。その瞬間、ヒートが起きて運命の番だと分かり——!?


「ふっふっふ。俺ってもしかしたらハリネズミマスターかも。ちゃんと両足とも、怪我させないで爪切りしたぞ!」
「それは良かった。初めての時はちょっと深爪ふかづめして心配したからな」
「あれは流石に申し訳無かったな……だから京一郎きゅんの爪で練習したんだ」
「絶対練習にはなっていなかったが、妻に爪を切って貰うのは中中なかなか良かった。今度、膝枕で耳掻きしてくれ」
「ブッ」
 結局、寝袋に籠城ろうじょうしていた美味子を餌で釣ることに成功し、(例によって)素手で捕獲すると仰向きにして、丸まりを解いたところを狙って素早く爪切りした。ハリネズミは怖がりの癖に鈍感で、爪切りさえ見えなければ爪を切られたことにすら気付かないから助かる。そうして満足した俺は、美味子をケージに戻すと得意満面でキッチンへ行った。うきうきと報告したら、挽き肉とナスのボロネーゼ風パスタを調理していた京一郎が恥ずかしい発言をしたので思い切り噴いた。
「京一郎きゅんは、テンプレートないちゃいちゃが好きだな。流石、俺とヤるまで童貞だっただけある」
「どういう意味だ。未だ童貞の癖に偉そうに」
「ムカつくな! 俺が脱童貞したら嫉妬に悶え苦しむ癖に!」
「人間相手に脱童貞したら許さない」
「人間相手にって、人間以外なら良いの!?」
 京一郎は挽き肉とニンニク、ナスをフライパンで炒める手を止めてそう言い、俺はとんでもない抜け道(?)が用意(?)されているのに気付いて青褪あおざめた(絶対にお断りである)……。

 京一郎は手早くパスタを完成させたが、待ち切れなかった俺はフォークを手にキッチンへ行き、それでアイランドキッチンの作業スペースの表面をチンチン叩いた。すると彼に「お前は小学校低学年男子か」と突っ込まれたので、「山賊ゴリラだぞ!」と自己紹介した。
「ウフン、ウフウフ」
「そんな風に言ってもそそられないぞ。今度は山賊ゴリラではなく、お色気山賊ゴリラに挑戦しているのか」
「だから何でそんなに失礼なん!? 普通に喜んでるだけじゃん……『京一郎プレゼンツウルトラスペシャル挽き肉とナスのボロネーゼっぽいパスタ』に!!」
「ボロネーゼっぽいパスタではなく、ボロネーゼ風パスタだ。そして何時いつなが大仰おおぎょうなタイトルだな」
 ようやく昼食にありついて(と言ってもまだ正午過ぎだが)、早速フォークで麺を巻き取りながら笑っていたら、例によって京一郎が憎まれ口を叩いた。俺はそれに顔を顰めたが、挽き肉とニンニク、それからナスのボロネーゼ風ソースがとんでもなく美味しかったので、ぐに上機嫌になった——口の中でほろほろ崩れる挽き肉たっぷりのソースの中で、食欲をそそるニンニクの香りとトマトケチャップの甘酸っぱさ、それから隠し味のウスターソースとコンソメのコクが最高のハーモニーを奏でている。
「ああ、京一郎きゅんのお嫁さんで良かった! たとえ来月にはお◯んこボンバーしなきゃいけなくっても……」
「ブッ」
 俺の言い草を聞いて、同じようにフォークで麺を巻き取っていた京一郎が盛大に噴いた。幸い、口の中にはまだ何も入っていなかったので、被害は少ない——彼はゲホゲホ咳き込んでいたが、不意に顔を上げると真剣な表情で「余りにも下品だ」と言った。
「じゃあ、お◯んこボンバーじゃなくてお◯んこカッターなら良いのか? ああっ、会陰えいん切開せっかい怖い……」
「うっ、確かにお◯んこカッターは気の毒だが……」
「って採用するんかい」
 京一郎は本当に気の毒そうな顔でそう言ったので、俺は呆れた。けれどもぐにボロネーゼソースを掬い、麺と一緒に口の中へ放り込む。ああ、美味しくて幸せ。
「ところでお◯んこカッターあずさ、一つ提案があるんだが」
「何だ? エンドレス絶倫えっち我慢出来ないマン」
「そんな称号貰っても嬉しくない……」
 余りにも阿呆な会話だが、ぽん吉以外聞いていないので二人共気にしていない。京一郎は俺の返しに微妙な表情になったが、ゴホンと咳払いすると続きを言った。
「マタニティペイントに興味は無いか?」
「え、マタニティペイ? 妊婦専用のバーコード決済か?」
「そうそう、バーコードを描いた腹を見せると読み取ってくれる……訳無いだろう」
「おおっ! 京一郎きゅん、『ノリツッコミ』のスキルを覚えたのか! 偉いぞ」
 まるで飼い慣らしているポ◯モンのように褒めてやると、京一郎は顔を顰めたがほんの少し嬉しそうになった。それからハッとすると、「加減かげん真面目に聞け」と言って話を続けた。
「マタニティペイントは、平たく言うと妊婦の腹に絵を描くことだ。バーコードではなくて芸術的な絵を……」
「おう、何か聞いたことあるな。でも普通に落書きみたいなのでも良いんだろ? 俺、う◯この絵描こっかなー」
「自分の腹にう◯こ……。流石、う◯こ大好きお◯んこカッターあずさ」
「どっかの貴族みたいにどんどん称号が付いてくな。中中なかなか誇らしい」
「誇らしがるな」
「まあ良いけどさ、マタニティペイント。京一郎きゅんが描くのか?」
「いや、それも考えたが、どうせならプロに頼みたい……」
「プロ?」
「ほら、Y公園の向こうに絵画教室があるだろう。美大受験のサポートが売りの……」
「ああ、何かあったな」
「実はそこの講師に、世界的なアーティストが居るらしくてな……」
 京一郎はそう言うと、スマホを取り出して画面を見せた。それは写真の投稿がメインのSNSエスエヌエスのイン◯タグラムで、件のアーティストの作品がずらりと並んでいた。
「はえー。すっげぇ……」
「この人はガブリエーレ・ファリネッリといって、こんな風に宝石をモチーフにした背景の肖像画が人気のイタリア人アーティストだ。そこの絵画教室、クリエイティブ・アートプレイスの講師をしている」
 京一郎はそう説明すると、プロフィールに書いてあったURLユーアールエルをタップしてガブリエーレの公式サイトを表示させた。すると、サイトのプロフィールページに本人の写真が載せられていた——ガブリエーレは瑞瑞みずみずしい若葉色の瞳が印象的な、ギリシャ彫刻のように美しい青年だった。
「ウホッ! おっとこ前……こんなおっとこ前のイタリア人アーティストが、何でまたTなんかに!?」
「おっとこ前……」
 京一郎は俺の言い草に眉を寄せ、ほんの少し口を尖らせた。それに気付いた俺はくすくす笑って質問する。
「で、この人に依頼したのか? マタニティペイント」
「そうだ、直接メールした。でも、予定が立て込んでいるとかでぐには無理だと言われた……」
「おおっ、そうなのか」
「だがプラス◯万円払うと言ったら、今週中にでも描いてくれると」
「ブッ」
 京一郎の言い草に、今度は俺が噴く番だった。ゲホゲホ咳き込んでいたら、りょーちゃんがボコボコ腹を蹴ったので、「おうおうりょーちゃん、パパはえげつないでちゅねー」と話し掛ける。
「えげつないとは失礼な。有り余る資金を有効に使っただけだ」
「だからそれがえげつないって言ってんだろ。でもりょーちゃんと俺への愛を感じるぞ! ありがとうな、京一郎きゅん!」
勿論もちろんだ。あずさは命を懸けてりょーちゃんを産んでくれるんだからな……」
 満面の笑みを浮かべて礼を言うと、京一郎は誇らしげに応えたが、言葉の途中で顔を曇らせた。どうやら自分の言葉に自分で心配になったらしい。
「だーいじょうぶだって! こんな風に京一郎きゅんが作ってくれた美味いもん食べて、安産祈願にマタニティペイントして貰ったら、絶対無事に産めるぜ! 約束してやる」
「そうか……ありがとう、う◯こ大好きお◯んこカッターあずさ」
「ここでそれ言う!?」
 京一郎は目にうっすらと涙を浮かべて礼を言ったが、さっき付けた称号もしっかり忘れなかったので、俺は呆れた……。

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深川シオ
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