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【オメガバース小説】犬のさんぽのお兄さん【第118話】

【地方都市×オメガバース】オメガでニートの園瀬そのせあずさは、T中央公園を散歩中に謎の長髪イケメンアルファ(ダサい臙脂えんじのジャージ姿)に出会う。その瞬間、ヒートが起きて運命の番だと分かり——!?


 目的地のドッグランには五分程で到着した。大型犬と小型犬エリアに分かれていて、どちらにも遊んでいる犬が数頭見えた。二重になっているフェンスの扉を開け、きちんと閉めてから二つ目を開けた。
「おし、ぽん吉! 良いナオンが居たらナンパして来いよ!!」
「良いナオン……中年オヤジみたいな言い草だな」
 受付に会員証を見せた後、早速小型犬エリアに向かった。再びフェンスの扉を開けて中に入ると、いよいよぽん吉のハーネスからリードを外した。タタタと走り出した小さな背中にそんな声援を送ったら、京一郎が顔を顰めて応えた。
「おっ、あの子可愛いな。白のトイプー」
「ああ、可愛いな。ぽん吉さんも興味を示している」
「っていうかぽん吉って去勢してないん?」
「一歳の時に去勢した」
「それなら性的な興味じゃないな」
「性的な興味とか口走るんじゃない」
 そんな阿呆なやりとりをしながら、ランを走り回っている犬達を眺める。その時涼しい海風が吹いて、京一郎の長い黒髪を揺らした——俺は綺麗だな、と思って、彼の手をぎゅっと握った。
「京一郎きゅん。りょーちゃんともここに来ような」
「当たり前だ。その下見になると思って来たんだ」
「ふうん。イクメンになる気満満だな、京一郎きゅん!」
「あずさも一緒にイクメンになるんだぞ。ポテトを口に詰め込んだりするんじゃない」
「だから詰め込まねぇって!!」
 京一郎が憎まれ口を叩いたのに、まだ根に持っているのか、と呆れながら突っ込んだ。けれども嬉しかった——彼と生まれてくる赤ちゃんと、三人で歩いて行けることが。
「あっ」
 その時、ぽん吉が寄って行った白のトイプードルがキャンキャン鳴いて威嚇いかくした。ぽん吉は直ぐに彼女(もしかしたら彼かも知れない)から離れると、きびすかえして俺達の方へ戻って来た。けれども次の瞬間、茶色い弾丸が飛んで来て、彼のよこぱらにぶつかった。
「キャアン!!」
「あっ、ぽん吉!!」
「ぽん吉さん!!」
 茶色い弾丸のように見えたのは大柄なミニチュアダックスフントで、攻撃されて悲鳴を上げたぽん吉の背中にガブッと噛み付いていた。俺と同時に声を上げた京一郎は顔面蒼白になり、二匹に駆け寄った。
「怪我は無いですか、ぽん吉さん! ああ、可哀想に……」
「ごめんなさい!! こら、ルーシィ、駄目でしょ!!」
 加害ダックスフントとぽん吉を引き離した京一郎に、慌てて走って来た飼い主とおぼしき女性が謝った。けれども京一郎は返事をしないでぽん吉の背中を確認している——俺も寄って行って覗き込んだら、幸い血は一滴も出ておらず跡も付いていなかった。どうやら、軽く咥えていただけのようだ。
「申し訳ありません! ワンちゃん、怪我はありませんか」
「大丈夫です」
 ガルガル唸っているダックスフントを抱え上げた女性がぺこぺこ頭を下げながら尋ねたが、京一郎はぷいと余所よそを向いて短く答えた。それに俺は心の中で「あーあ」と呟くと、彼のシャツの裾を引っ張り「もう行こうぜ」と促した……。

「意外に、ドッグランは修羅の世界だった」
修羅しゅら……」
 せっかく来たのにとんでもない目に遭ったから、俺と京一郎と、元の通りにハーネスを着けたぽん吉はしょんぼり歩いていた。俺の呟きに京一郎はやや呆れたが、ふうとため息を吐くと「最近は、ああいうしつけの出来てない犬が多い」とぼやいた。それに俺はこっくり頷いて、「ぽん吉は何もしてないのにな」と言った。
 それから俺達は海辺の遊歩道に向かい、のんびり散歩した。すると、途中にあったベンチを指した京一郎が「ここで食事して良いか」と聞いた。
「あっ、そういや京一郎きゅん、お昼食べてなかったやん」
「そうだ。あずさばかり食べて、すっかり冷えてしまった」
「ごめんって。俺がお腹で温めてやるよ」
「鳥の卵じゃあるまいし、やめろ」
 そんな会話をしながら、並んでベンチに腰を下ろした。京一郎は、肩に掛けていた折り畳みのエコバッグから取り出した◯ックの紙袋をガサガサ言わせると、「ほら、まだナゲットがあるぞ」と言って、十五個入りのチキンナゲットの箱を差し出した。
「おお! 三つ食べたから、まだ十二個あるな! 全部食って良い?」
「何でそうなるんだ。あずさが食べられるのは残り五つだ」
「お、京一郎きゅんは、一つ少ない七つで我慢するのか! 流石だな、妻に優しい」
「というのは冗談で、好きなだけ食べて良いぞ。俺はナゲットはそこまで好きじゃないからな」
「うおおお、やさすぃ〜」
「優すぃ……」
 すっかりバンズが湿気しけってしまったバーガー(ちなみに俺と同じ照り焼き味)を手にした京一郎は、それでも優しい目をしてそう言ったから、嬉しくて幸せだった——だから全部食べずに三つ残してあげた……。

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深川シオ
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