
【オメガバース小説】犬のさんぽのお兄さん【第127話】
【地方都市×オメガバース】オメガでニートの園瀬梓は、T中央公園を散歩中に謎の長髪イケメンアルファ(ダサい臙脂のジャージ姿)に出会う。その瞬間、ヒートが起きて運命の番だと分かり——!?
そうして、コーヒーを注いだカップと茶菓子の皿を載せたトレーを手に京一郎が戻って来た時には、俺とガブちゃんは和気藹藹と話していた。だから京一郎はやや鼻白んだが、直ぐに平静を装うと「お待たせしました。ほんのお口汚しですが、どうぞ」と言って作業スペースの座卓の上へトレーを置いた。
「ありがとうございます。それでは、少しラフを描いて来ましたノデ、見て頂いても良いデスカ?」
「えっ、もうラフ描いてんの、ガブちゃん!」
「ハイ。デモ、あくまデモワタシの案なので、どんどん要望を言って頂いテ、それをもとに変えて行きマス」
「ほお……」
ガブちゃんの言葉に京一郎は感心した様子になり、人数分あるフロアクッションを勧めた。そうして三人とも腰を下ろすと、ガブちゃんは革の鞄から取り出したA4サイズのスケッチブックを京一郎に渡した。
「おおっ、スゲー! ラフなのにもう売れそう」
「はは、流石にコレじゃあ売れませんヨ。メールでは宝石のモチーフを多く描いて欲しいとのことでしたのデ、ベースは全てソレに」
鉛筆で描かれたラフ画は軽いタッチだが、複雑な宝石の紋様が流麗な線で描き込まれていた。京一郎の側へ寄って覗き込んだ俺が思わず声を上げたら、ガブちゃんは笑って謙遜し説明を始めた。
「素晴らしい案ですが、追加で椋の木の葉っぱを描き込んで欲しいんです。生まれて来る子の名前には、椋の字を入れると決めているので」
「ナルホド。椋の木の葉っぱはどんなのデシタかネ……」
真剣な顔でラフ画を見ていた京一郎がそう言い、ガブちゃんはスマホ(やっぱりあいぽんだ)を取り出してインターネット検索をした。ものの数秒で葉っぱの画像を表示させると、「ハイ、お安い御用デス」と答えた。続けて「小さいと何の葉っぱかハッキリしませんのデ、大きめに描きますネ」と言う。
そんな風にどんどん打ち合わせを進めて、いよいよ作業を始めることになった。京一郎はフロアクッションを壁際まで持って行くと、「あずさ、壁に凭れて座れ。しんどくなったら直ぐに言うんだぞ」と言った。それから画材の入っている鞄をゴソゴソ漁っているガブちゃんに声を掛ける。
「ガブちゃん、照明は暗くないですか? もし暗ければ電気スタンドを持って来ますが……」
その時、俺はあることを思い出して「あーっ」と声を上げた。すると二人がびくっとしたので、「ごめん!」と謝ってから続ける。
「ガブちゃん、椋の木の葉っぱだけじゃなくて、ピンクのう◯こ宝石も描き込んでよ!」
「え? ピンクのう◯こ宝石?」
俺の口から飛び出した言葉に、ガブちゃんはきょとんと首を傾げて聞き返し、その後ろで京一郎が巨大なため息を吐いた……。
「ピンクのう◯こ宝石とは?」
「文字通り、ピンクのキラキラしたう◯この形の宝石だよ! それをどこかに描き込んで欲しいんだ……目立たなくて良いから」
「目立たせてどうする」
ガブちゃんは小首を傾げてもう一度尋ね(大の男なのに可愛らしい)、俺は希望の図柄を詳しく説明した。すると京一郎がぼそっと突っ込んだ——反対する気は無さそうだが、やや不満そうである。
「ソレ、良いデスネ! う◯この形の宝石は描いたことがありませんが、きっとキャンディーみたいでカワイイ」
「ええっ、本当に!?」
ガブちゃんは予想外にリベラル(?)な反応をしたから、珍しく京一郎が声を上げて驚いた。するとガブちゃんはくすくす笑い、「ちょっとラフに描き込みますネ。その間に、キャンバスを準備して下サイ……アア、アズサンのお腹のことネ」と言った。
「アズサン!?」
「アズサン! 俺の新しいニックネームだ。ガブちゃんとだけのな」
「ガブちゃんとだけ!?」
京一郎は、立て続けにショックを受けた様子で叫んだから、俺とガブちゃんは顔を見合わせてぷっと噴き出した。すると、京一郎はあからさまに不機嫌になり、ずかずか寄って来て俺の手を掴み「腹を濡れタオルで拭くぞ」と言った。
「俺の腹、そんなに汚れてないぞ! 京一郎と違って腹黒くないからな!」
「確かに腹黒くはないが、油物ばかり食べて脂ギッシュだろう」
「脂ギッシュって言うな!! っていうか油物、妊娠してからはそんなに食わせてくれない癖に!!」
そんな風にぎゃあぎゃあ言い合っていたら、スケッチブックに図案を描き込んでいたガブちゃんがくすくす笑った——二人共慌てて口を噤む。すると、顔を上げた彼が尋ねた。
「お二人は、結婚何年目デスカ? トーッテモ仲良し」
「二月に入籍したばかりです。おいあずさ、熱熱の濡れタオルを持って来るから、腹を出さずに待っていろ。冷えるからな」
「言われなくても腹を放り出して待たねぇよ!!」
余計な一言に顔を顰めて叫ぶと、京一郎はフン、と言って踵を返しキッチンへ向かった。あれこれ世話を焼いてくれるのは有り難いが、他人の前でやられるとちょっと恥ずかしい。
「それにシテモ、京一郎は凄く綺麗ネ。是非、モデルをお願いしたいデース」
「ええっ、モデル!?」
京一郎が出て行った後、少しの間ガブちゃんは無言で手を動かしていたが、不意にそんなことを言ったので、俺は素っ頓狂な声を上げた。すると、ガブちゃんはこっくり頷いて説明する。
「もしワタシの作品を見ていたら知っていると思いますガ、宝石と一緒に人物画を描いていマス。そのモデルを彼にお頼みしたい」
「へえ! 油絵?」
「ハイ。京一郎なら、とっても大きなサイズ……そうですネ、百二十号にしてもイイ」
「それってどのくらいの大きさ?」
「高さ二メートルくらい」
「デカッ!」
二メートルもの大きさの京一郎の肖像画を想像して、俺はドキドキした。確かに彼はとんでもない美形だから、それ程の大きさになっても見応えがあるだろう——その時、固く絞ったタオルと洗面器を手にした京一郎が戻って来た。
「おお、京一郎! ガブちゃんが絵のモデルになって欲しいって!!」
「は?」
「ハイ、今度、イタリアであるコンペティションに出品する作品のモデルになって欲しいデス。京一郎」
顔を見るなり依頼の話をしたら、ガブちゃんもノリノリで説明したので、京一郎は目をぱちくりさせた……。
次のお話はこちら↓
前のお話はこちら↓
いいなと思ったら応援しよう!
