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【オメガバース小説】犬のさんぽのお兄さん【第126話】
【地方都市×オメガバース】オメガでニートの園瀬梓は、T中央公園を散歩中に謎の長髪イケメンアルファ(ダサい臙脂のジャージ姿)に出会う。その瞬間、ヒートが起きて運命の番だと分かり——!?
ところで京一郎はキャベツを一玉丸ごと千切りにしたので、ボウルに入り切らない程になった。元元キャベツを多めにするレシピを参考にしていたのだけれど、流石に多過ぎるのではないかと心配していたら、彼は「沢山作って余った分は冷凍する」と説明したのでホッとした(これで夜中に盗み食いも出来る)。
「豚バラ肉も多めに入れるぞ。レシピ通りでは『肉が少ない!』と騒がれるからな」
「おお、流石俺の夫、京一郎きゅん! よく分かってらっしゃる」
「そうだ、俺はあずさの夫だ」
「何か誇らしげでウケる」
キャベツと生地をボウルに入れ、ヘラで勢い良く掻き混ぜている京一郎に合いの手を入れると、誇らしげに胸を反らして言ったのでくすくす笑った。
「ウッホホー! ホットプレートじゃなくてフライパンで焼いても、専門店顔負けの仕上がりですな! っていうか店のより具が盛り盛りで俺向き」
「しかも蒸しているから、キャベツの栄養素をたっぷり摂取出来るぞ。妊夫にもぴったりだ」
「最高ですな! ソースとマヨネーズもたっぷり、青のりと『まさしのドンドコ節』もたっぷりで!! ドン・ドンドン・ドンドコ!!」
完成したお好み焼きを見て目を輝かせた俺はそう言うと、持ち歌の一つである「まさしのドンドコ節」を歌い始めた。すると、京一郎が「『まさしのドンドコ節』? ああ、鰹節のことか……」と呟いた(流石俺の夫、ちゃんと学習している)……。
金時豆の入っていない豆天お好み焼き(つまり只のお好み焼き)を二人と半人前平らげた後、テーブルをバンバン叩いて「お次はゴーヤの唐揚げ! ゴーヤの唐揚げを寄越せ!」と叫んだら、京一郎はぴしゃりと「ゴーヤの唐揚げは夕飯だ」と言った。だから俺はぷうと頬を膨らませて、「このケチケチん◯ん!!」と叫ぶ。
「ガブリエーレさんがいらっしゃるまで一時間も無い。さっさと着替えろ」
「え? この格好じゃあかんの?」
「当たり前だ。ワンピースでは捲るとパンツが丸見えになるだろう」
「そういやそうだな。っていうか、これワンピじゃなくて京一郎のTシャツだけど。つまり彼T。いや、夫T!!」
「何で健診の時と同じのを着ているんだ」
「健診の時のとは違うぞ! 洗い立ての京一ん◯んTシャツだ」
「そうやって、あずさがどんどん私物化するから、俺のTシャツがいつでも不足している……」
「この際共用で良いじゃん」
「醤油やソースのシミが付いたのを着たくない」
「ちぇっ、この贅沢り!!」
「は? ぜいたくり?」
ぽんぽんとやりとりした後、罵り言葉の最新作を披露したら、意味が分からなかったのか京一郎は首を傾げた。だから俺はニヤッとして「俺はリス。さあて、この意味が分かるかな!?」と言って「妖怪卵達磨踊り 〜着衣バージョン〜」を披露して挑発した。
「……ぜいたくり、とリス」
「それだぁっ!!」
「……」
眉を寄せた京一郎の呟きに、我が意を得たりと満面の笑みを浮かべて叫んだら、彼は暫く無言になった。それからぼそっと「あずさには無いだろう」と言ったので、「その通り! 代わりにミニあずさ君が居ま〜す!」と言ってアヒャヒャと笑う。
「はあ……」
「まあ、冗談は程程にして、京一ん◯んスウェットパンツを寄越せ! それを穿く」
京一郎はがっくり肩を落として深いため息を吐いたから、俺は手を出しながらそう言った……。
そうして、勝手に拝借した京一郎のTシャツを着て彼の部屋着のズボンを穿いた俺は、ガブリエーレさんのために作った作業スペースへ行き、あちこち検分した(ぽん吉の撮影スタジオの一角で、ブルーシートが引いてあり、汚れても良いフロアクッションや座卓、バケツに雑巾等が用意されている)。そして念の為、空調の設定温度も確認したら二十六度だったので、キッチンへ戻り京一郎に声を掛けた。
「おい! 京一郎きゅん、スタジオ暑過ぎないか? 二十六度じゃ、ガブリエーレさんも半裸にならないといけない……おっ、うまそー!」
ドリップポットを手に振り返った京一郎は眉を寄せていたが、俺の目は客用のカップの傍らに置かれた皿に釘付けになった——なんと、御使い物では定番のブランド、銀座オージーオーナーのチョコレートチャンククッキーが四枚も載せられていたのだ。
「二十六度に設定しているのは、あずさが腹を壊すかも知れないからだ。う◯こをブリブリすると言っただろう」
「流石に漏れそうになったらトイレ行くけど! なあ、俺の分は無いん? オージーオーナーのクッキー!」
「後で給餌するから今は我慢しろ。それよりも、ガブリエーレさんと一緒に半裸になるとは聞き捨てならな……」
京一郎がそう言い掛けた時、ピンポン、とインターホンが鳴った。
「へいへい〜。ガブリエーレさんですかぁ〜?」
「こんにちは! ハイ、ファリネッリです」
京一郎がモニターで応えるよりも早く、俺は玄関へ行って誰何した。すると高めの良く通る声で返事があった——日本の絵画教室の講師なのだから当たり前かも知れないが、とても日本語が上手い(只、イントネーションにちょっと癖がある)。
「あずさ、俺が出る。無闇に三和土に下りるな」
「ちぇっ」
急いでサンダルを突っ掛けようとしていると、慌ててやって来た京一郎に押し退けられた。だから口を尖らせて待っていたら、彼がガチャッとドアを開けた。
「どうも、お招きいただいタ、ガブリエーレ・ファリネッリです。この度は、どうぞヨロシクお願いしマス」
「こちらこそ、態態お越しいただきどうもありがとうございます。どうぞお入り下さい」
京一郎は人見知りだが、こういう畏まった受け答えは得意なので、スムーズに応対した。そして、ガブリエーレさんは写真通りのイケメン——の筈だが、鍔の広い帽子を目深に被り茶色のサングラスを掛け、マスクまでしているから全く顔が見えなかった。日傘を手にしているので、日焼け対策なのだと分かる。確かにこの時期の紫外線は強いが、かなりの重装備だ。
そんなことを考えている間にガブリエーレさんは上がって来て、揃えて置いてあった客用のスリッパを履いた。前を通り過ぎる時、ぺこっとお辞儀したので慌てて俺も頭を下げる。すると、京一郎が先に立ってガブリエーレさんをぽん吉の撮影スタジオに案内した。
「ワア、凄く立派なスタジオですネ。園瀬サンはフォトグラファー?」
「いえ、趣味でスチルをやってるだけです」
「でも、壁に素晴らしい作品が沢山。ちょっと拝見してもイイ?」
「勿論」
アーティストらしく、スタジオに足を踏み入れたガブリエーレさんは、直ぐに壁に飾ってある無数の写真に目を止めそう言った。床に荷物を置くと、いそいそと見に行く——すると京一郎が、「ちょっとお待ち下さい。お茶を用意しますね」と言い、それに振り返ったガブリエーレさんが「イエ、お構いなく」と応えた。
「ワア……」
「ぽん吉っていうんです、その犬」
「へえ! とてもカワイイし、優秀なモデルですネ。どの写真でもポーズが素晴らしい」
手を後ろで組み写真を見ているガブリエーレさんはサングラスを外していて、俺の説明に若葉色の瞳をきらきらと輝かせた。そのうち帽子も取ったから、髪の色は栗色だと分かった——ふさふさの髪には綺麗にウェーブが掛かっていて、俺達とは人種が違うのだと良く分かる。
「アズササン……アズサと呼んでもイイですか?」
「えっ、勿論。あっ、やっぱ駄目!」
「え?」
「あいつ……京一郎、物凄く嫉妬深いんだ。だからアズササン、略してアズサンで良いよ!」
「分かりマシタ。アズサン、ワタシのことはガブちゃんって呼んでネ」
俺の奇妙な言い草にも突っ込まないで、ガブリエーレさん——ガブちゃんはにこっと笑うとそう言った(それにしても、「アズサン」とは我乍らいかしたネーミングである)……。
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