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【ショートショート】仮想遠足

「さあ、お起きなさい、私のかわいい坊や。今日はあなたがお城に行く日でしょう」
 えっ、何? お母さん、錯乱してる?
 ぼくはあわてて飛び起きた。
「ごめんなさい、おかあさん、これ一度やってみたかったの」
 おかあさんは子供の頃、ドラクエというロールプレイングゲームが好きだったのだそうだ。これはドラクエが始まるときのお約束なの、と嬉しそうに笑ったおかあさんは、ふと真面目な顔になった。
「でもね、お城は嘘だけど、今日はあなたにとって特別な日でしょう」
 そうだ。特別な日だ。
 お母さんが作ってくれたお弁当とAmazonから届いたお菓子をリュックに入れた。
 遠足の日だ。
「行ってきます」
 と言って、ぼくはゴーグルを身につけた。頭だけではなく、体にもセンサーを取り付け、手にはVRグローブをつける。
 部屋の中をぐるぐると歩き回って学校に着く。これはいつもの道のりだ。
 校門を入ると、マップが書き変わり、ポンポンポンっ、とクラスメイトのアバターが表示された。
「おはよう!」
「おはよう、遠足楽しみだね」
「うん、新しいマップに行けるの楽しみだね」
 校庭にはバスが停車していた。
 物理演算の計算資源が足りないとかで、ぼくたち中学生のアバターは、基本的に市内の移動しか認められていない。が、今日は例外。
 バスに乗り込んでしばらくすると、見たことのないマップが現れた。ぼくたちは感動して声をあげた。
 身体がいつもの部屋にあるのはわかっているが、景色はすごくリアル。水芭蕉の群生する湿原の中を、板の上を歩いて見て回る。足元がきしむ感じも伝わってくる。ここを抜けると広い草原に出るのだ。
 わくわくしながら歩いていたら、友だちのアバターがふざけて取っ組み合いを始め、どんと突き当たり、ぼくは板から落ちた。
 ぼちゃ。
 水の中まではマップの計算をしていなかったのだろう。
 ぷつん、と回線が切れた。
 あとから聞いたところではぼくは「蒸発したようにかき消えた」そうだ。
 ぼく自身の意識は、自分の部屋に戻っていた。
 そのあと、自室でひとりお弁当を食べたけど、その味気ないこと。
 高校生になれば県内を自由に移動できるそうなので、友だちに「また行こうぜ」と言われた。そうだな。今度はバスになど乗らず、歩いて行ってみようか。部屋の床がすり減りそうだな。

(了)

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