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【ショートショート】無料

 娘、小学四年生の誕生日。
 かねてから、十歳になったらスマホを持ってもいいと約束していたので、親子で携帯牧場に行った。
 小高い丘が何重にも重なり、その奥でまだ若い携帯たちが遊んでいる。
 十数年も昔、はじめて日本が月世界探検船を着地させたら、親しげに近寄ってきたのが、いまの携帯の元祖だと言われている。地球に持ち帰ってきたところ、あっという間に繁殖した。電源も電波も必要もなく、通話ができ、インターネットにも接続できる。 
 その仕組みは不明だ。宇宙人だからとしか言いようがない。
 既存の携帯会社や通信会社はぜんぶ潰れてしまった。無料の前にはあらゆる資本主義機構は無力である。
 娘は夢中になって携帯を選んでいたが、やがてピンク色のかわいい一台を持ってきた。
「これがいい」
「一生付き合うことになるんだぞ。いいな」
「うん」
「くれぐれも失礼なことをするんじゃないぞ。社会から遮断されてしまうからな」
 私はかつて偉そうにしていた政治家たちが携帯に愛想をつかされ、社会から消えていった事例を教えてあげた。
 娘はさっそくピンクの携帯を妻の緑の携帯に近づけた。二匹の、いや、二台の携帯はくんくん匂いを嗅ぎ合って、お互いを登録し合った。
 私もシルバーの携帯を差し出した。大丈夫だろうとは思っていてもいつも緊張する瞬間だ。ピンクの携帯はくんくん匂いを嗅いで、無事、私の携帯を認証してくれた。
 これで娘も宇宙人の構築した巨大ネットワークに参加することになる。支配されると言ってもいいだろうが、ほかに選択肢があるわけじゃなし。

(了)

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