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母との記憶。

 母親とどこかへ出かけたとか、なにかをしたという記憶がほとんどない。
 数少ない、幼い頃、垂水の海水浴場へ出かけたという記憶。関西の瀬戸内側となると泳げる場所が少なくて、どうしても垂水あたりまで出張っていかなければならなかった気がする。
 一家で自動車で出かけたのだろう。
 海岸に出ると海が黒い。タンカーから重油がもれたのだという。けっこう大きな事件だったようで、母親が、
「なに、これ」
 と叫んでいた。
 そのあとどうしたのかはもう覚えていない。
 もうすこし大きくなってからは、奈良の寺社に一家で出かけた。これは父の会社の写真部の行事で、母親がポーズをとって父が写真をとりまくっていた。父はこのときの写真で入賞したのだが、表彰された写真は寺院の壁を切り取ったものであり、母の写真ではなかった。
 母のエピソードはいろいろあるが、それはあとから聞かされた、ある種、フィクションめいた記憶が多い。母はいまグループホームにいるが、週に一度、自宅に連れ帰っている。いまのほうが体験の共有は濃くなっている。

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深川岳志
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