【ショートショート】警備員
タチの悪い五十肩にかかってしまい、週に2回、整形外科にかかっている。
夏はなるべく午前中早くに行くようにしているが、それでも暑い。強烈な直射日光だ。
日傘をさして帰ってきたら、うちの前に警備員が立っていた。
「あ、ご苦労様です」
と言ってうちの中に入ったが、はて、なんで我が家が警護されなければならないんだ? うちは私と妻の2人暮らし。重要人物でもなんでもない。
気になったので、買い貯めてある缶コーヒーを一つ持って、外に出た。
「暑いですねえ。これ、どうぞ」
「は、恐縮です。いただきます」
直立不動の姿勢を崩し、警備員は缶コーヒーのプルトップを外し、一息で飲み干した。
「夏場は大変ですね。熱中症に気をつけてください。ところで、どちらから来られたんですか」
「大日本警備サービスであります」
「なにを警備しているんですか」
「深川家であります」
やはりうちであったか。
「なぜ警護する必要があるんですかね」
「それは聞かされておりません」
「そうですか」
警備員は直立不動の姿に戻り、私は家に戻った。
夜中にトイレに立ったら、警備員と出くわし、私はぎゃっと叫んだ。
「なにをしているんだ」
「定期巡回であります」
「鍵なんか渡してないぞ」
「大日本警備サービスから受け取っております」
どういう組織なんだ。
「プライバシーの侵害だぞ」
警備員はにやっと笑った。
「この国にもうプライバシーなどございません」
フリーランスの仕事がどんどん減って生活がヤバくなってきたので、ハローワークに出かけた。仕事を探す。驚いたことに、警備員の仕事しかない。ほかに選択の余地なし。
しかたなく警備会社に登録した。大日本警備サービスは失業対策のために作られた国策会社らしい。どうも近頃、警備員の姿を見る機会が増えたと感じていたが、実際、増えていたのだ。
私は大日本警備サービスに出かけた。上司はちょっと困った顔をして、
「パラリンピックも終わっちゃったし、もう現場がないんだよなあ」
と言い、資料をパラパラめくっていた。きっとうちを警護している警備員が作成した資料に違いない。
「あ、おたく、猫を飼っているのね」
「はあ」
「名前はなんていうの」
「ぴーとびすです」
「じゃあ、ぴーちゃんを警備してもらおう。そうしよう」
数日後、警備服が送られてきた。警備服は固く、膝の上には登ったものの、ぴーは不満そうだ。うぉんうぉんと鳴き、水を飲みに行った。
私は行動記録欄に「警備服固し。ぴーさん、不満の模様。膝の上でうぉんうぉん鳴き、水を飲みに行く」と書いた。これでほんとに給料が貰えるのかなあ。
(了)
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