【ショートショート】防具
夫の咳が止まらない。
夏風邪は治りにくいというけど、それにしても、ひどい。
とくに夜眠ろうとすると咳が出始めるので、ここ数ヶ月寝不足が続いており、体力的にも限界だ。本人は気づいてないかもしれないけど、ひどい顔をしている。「仕事がー」というのを無理やり説得して、近所の病院に連れて行った。
「こどもじゃないんだから付いてこなくていいよ」
「自分じゃなにもできないくせに」
といつもの会話を交わしながら、内科病院を訪れる。
いっしょに診察室に入った。
「いつ頃から咳に気づきましたか」
「数ヶ月前からです」
「よくこんなに悪化するまで放置しておきましたね」
と夫は女医に叱られている。ざまあみなさい。
「すみません……」
「大きな発作がくると、肋骨が折れたり、ひどいときは全身の骨が粉々になったり、体が爆発することもあるんですよ」
マジですか先生。
「ほんとに?」
と夫も半信半疑の顔つきだ。
「ほんとです。中国では咳の発作が原因でビルが倒壊した事例もあります」
「まさか……」
「咳止めを出しておきますので、安静にしてくださいね。咳の原因は解明されていないので、いまのところ対処療法しかできないのです」
「はい」
「それから、夜眠るときには、これをつけてください」
と黒いプロテクターを渡された。まるで防弾チョッキのようだ。
「これはなんでしょう?」
「まずないとは思いますが、急激な発作がきたとき、爆発から周囲を守るための防具です。横に奥様がいらしゃるのでしょう?」
「ええ、そうですが」
「では、なおさら装着をお忘れにならないように」
その夜も、やはりごほごほという咳が続き、やがてぼんと小さな音がして、夫が爆発した。
(了)
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