こわいながらも by五森
これから部員が順番にnoteを更新していきます。一年生の順番は恨みっこなしのくじ引き……はたして最初に選ばれたのはーー(byだて)
あみだくじで順番が決まると聞いた時からそんな気がしていたが、やはり私が最初だった。
自己紹介
一年の五森(いもり)。好きな作家は川上弘美と安部公房。純文学寄りのものが好きで、純文学寄りのものを書いていると自分では思っている。文學部に惹かれてこの高校に入った。稀有。趣味は映画と音楽鑑賞。
現在は秋部誌と諸々の締め切りに追われている。自分が何を書きたいかわからなくなってきた。四六時中頭を抱えている。
こわいながらも
頭を抱えながら歩いていると、同じように向こうから頭を抱えて歩いてくる毛むくじゃらにぶつかった。ワラビーだ。こんな街中で珍しい。
「あっすっすっすみませぇん」
抱えた頭を深々と下げてきた。やけに腰の低いワラビーである。
「いえいえ、私も前を見ていなかったので」
お互いに抱えたままの首を垂れて、そのまま別れた。
ワラビー、ワラビーか。こうも創作のネタにならない生物がいるのだなと、少し感心する。珍奇な出会いがあったというのに、抱えられて気怠げな私の頭には一片のアイデアも降ってこない。どうしてこうも苦しいのだろう。もどかしさで抱えた頭を地面に叩きつけてしまいたくなった。
遠くから通りゃんせが聞こえた。青信号の下で、ピエロが風船を配っている。ポエムだの虚言だのが油性ペンで書かれた風船は、手に取られるや否や捨てられてそこここで浮かんでいる。
「どうぞ」
もそもそした声でピエロが言った。黄色い風船を受け取ると、それにはただ「はずれ」と書いてあるだけで、私は抱えていた頭を風船に括りつけて飛ばしてしまった。それはしばらく漂っていたが、やがて頭の重さに耐え切れず、ぼとりと落ちて足元に転がった。私は少し形の崩れたそれをもう一度抱えて、赤信号を渡った。
しばらく歩いたところで、妙な匂いに立ち止まった。見ると、ジビエ料理屋の店先で、先刻のワラビーが煮込まれているのだった。頭だけを鍋の中から覗かせている。
「あっあんたか」
ワラビーの方でもこちらに気づいて声をかけてきた。心なしかさっきよりも尊大である。
「大丈夫ですか、その、煮込まれている」
そう尋ねると、ワラビーは私を嘲笑った。
「馬鹿だなあんた。俺はやりたくてやってるんだよ。俺の肉で誰かの腹が膨れるんだ。いい気分だぞ」
私が肩をすくめると鼻白んだようで、ぶっきらぼうに聞いてきた。
「あんた絵描きかい? 」
「いや、物書きです」
「道理で、そんな感じだよ。辛い仕事だろ。自分が苦しまないのに、人を喜ばせるなんておかしな話だもんな。精々苦しめへっへっへっへっへっへっ」
ワラビーの頭はそう言い残すと鍋の中に沈んでいき、浮かんでくることはなかった。
日が暮れかけていた。ピエロが風船で首をくくっているのが見えたが、立ち止まらずに歩いた。薄暗くなって、風船の色まではわからなかった。