関係構築C
「あのー……」
「……」
「聞こえてますかー?」
「……」
「やっぱ音じゃダメなのかな」
プラスチック製の手袋型保護具をはめて、ペチペチと叩く。岩石に近い叩き心地。
「……」
「それじゃあ光?」
鋼鉄の扉から一度部屋を出て、七色に発光するLEDライトをもってくる。そして照射。赤色から時間をかけて丁寧に紫色まで移り変えてゆく。
「……」
「波長が違うのかな?」
もう一度分厚い鉄のドアから外へ。このドアめっちゃ重いから一回で済ませばよかった。我が組織が超小型化に成功した自慢の放射線放出装置を手にして戻る。ついでに赤外線とか紫外線とか光線を出す装着全般も持ってきた。10個ほどの装置を使い、一つずつ照射していく。スポットライトのように当て続けたり、モールス信号のように点滅させたり。
「……」
「光線じゃない? 臭い? 味?」
残念ながら、ここは人類が今までに発見発明した香りや味のサンプルは充実してない。少しもったいないけど、と思いながら、再び重い扉を開ける。自室の私物バッグからお楽しみ用に備えておいた角砂糖を1粒持ってくる。立方体角砂糖を近づけてみる。角を削って振りかけてみる。
「……」
角砂糖はもったいなかったのでそのまま口に放り込む。この気持ち悪いくらいの甘々しさがクセになる。
「まあ、地球でも味覚嗅覚は動物によりけりらしいし。鳥類は辛さを感じないんだっけ?」
味覚反応なし、嗅覚反応なし、視覚反応なし、触覚反応なし、聴覚反応なし。
「……あ、日本語だから反応になかったのかな」
閃いた。が、問題は日本語以外大して喋れないこと。
「ハ、ハロー……」
「……」
「あ、時間的には、グッドイブニング、か」
「……」
ヤメヤメ。一人なのにすごく恥ずかしくなってきた。
「言語の問題じゃないのかな、音楽とか聴かせてみる?」
ポケットから愛用のスマホを出して、プレイリストを再生。ハイテンポなポップスが奏でられる。
「……」
「やっぱり聴覚反応なし、と」
音楽を止める。他にできることは……
「電気信号とか?」
何度目かわからない鋼鉄の扉を開く動作。そろそろ腕への負担を感じてきた。片手に収まる程度の箱を見つけて部屋に戻る。箱からは銅線と乾電池。小学校の理科で使った覚えのあるフォルム。懐い。線を繋いで回路を作る。銅線をリズミカルに押し付けたり、当てる部位を変えてみたり。
「……」
「えーっと他に考えられる方法は……」
しばらく空中の一点を睨みつけて思考を巡らす。何か使える記憶は無いか。
「そういえば、植物は化学物質の授受でコミュニケーションするんだっけ?」
ふいに使えそうな記憶に出会った。勉強って大事だと身に染みた。
「化学物質……二酸化炭素でいいか、」
良さげな物質が思いつかなかったので二酸化炭素にする。といっても吐息を吹きかけるだけだけど。
「……」
「反応なし。と」
さすがにもう他のコミュニケーション手段は思いつかない。時間も遅くなってきたから今日はこのくらいで切り上げるか。22時を示しているデジタル標準時腕時計を見やって思う。これが無いと生活リズムがこんがらがる。技術の恩恵を感じつつ、鉄の扉をくぐる。
私は今、宇宙人とコミュニケーションを模索している。宇宙人といっても彼は人というよりキューブ。どうみても数学の立方体にしか見えないのだが、確かに彼の方から歩み寄って来た。酸化鉄の大地を幽霊のように浮遊して私の基地へ来た。彼が有害なのか無害なのか有益なのかを調べるべく、まずは意思疎通に挑戦中。……見ての通り難航の真っ只中だけど。
もしかして、彼はすでに何かメッセージを発していたのかな。私が認識できない方法で。次起きたら、受信装置をありったけ使ってみるか。
焦らなくていい。時間は苔が生えるほどある。一歩一歩作っていくのが人間関係だろう。相手が明らか人じゃないけどね。彼と親友になれる時を願って、冷たい眠りに落ちる。
あとがき
地球外生命体っているのでしょうか? 秋の夜長に宇宙を眺めて気取っている近頃の星空です。個人的には地球外生命体がいた方が面白いとは思います。
世界史を学んでいると、どうも現代のグローバル化や大航海時代以前から人間の交流は世界規模に及んでいたようで。そうすると気になるのが言葉の壁です。遠く離れた文化の人々とどうやって会話していたのか。通訳がいたと考えても、最初の通訳はいかで誕生したのか。疑問が尽きません。
人間同士のコミュニケーションはまだ媒介が基本音だとわかっています。本当の問題は果たして宇宙人が音で意思疎通を図るのかという点です。やはりコミュニケーションというものは難解。つくづく感じます。
では。