メモリアルワールドーハイネ編2ー
「ーさん、おはようございます」
「…おはよう」
「ぐっすり眠っておられたようで」
「…どうしてかな、キミがいると私はよく眠れるみたいだよ」
「そうですか、それなら良かったです」
愛しい大好きな人。私は、何を思い出せないのだろう。
否、思い出してはいけない。
このメモリアルワールドでは。
「…っ」
ハイネは目を覚ました。
「…夢?」
先程見ていたものは夢だったのだろうか、其れにしてはやけにリアルな夢である。
ハイネはまだ起きていない頭で思考する。
だが、此れ以上何かを考えるとメモリアル城に発覚してしまうだろう。
そうなると処刑になってしまう。ハイネは考える事をやめた。
空腹を感じ一先ず自身の地区であるナータス地区の市場へと行く事にした。
市場では野菜や肉、飲み物の他に軽食等もあり、自身で調理等しなくとも食には困らないだろう、と思えるだけの賑わいを見せていた。
此処に来てまだ間もないハイネは、メモリアル城の厚意で贅沢をしなければ当面の間は通貨を使う事は無いのだが、贅沢というのは一体どの程度の事を言うのだろうか。
ハイネは疑問に思い、一先ず市場にいる商人へと確認をしてみる。
「少し良いかしら」
「お?どうしたんでぇ!見ねぇ顔だなぁ!新入りか?」
大柄な男が明るくハイネに返答をする。
ハイネは朝から元気な商人に少しばかり引き気味になりつつも尋ねる事にした。
「…ここにきたばかりなんですけど、贅沢、というのはどの程度のことを言うのかなと思いまして」
「おお!あそこの城の執事に言われたんだな!わかんねぇよなぁ、確かに!」
ガハハと大きな口を開けて笑いながら商人は答える。
「そうだなぁ…お前さんは料理はするか?」
「……どう、かしら」
ハイネには料理を頻繁にしていた記憶が無い。
記憶が、ない?
私は、一体。
いえ、あの人には……?
「料理をあんましねぇんだったらあそこにあるサンドイッチくれぇだったら贅沢にはならねぇな!」
「……随分質素ね」
「ガッハッハ!質素ったぁおもしれぇな!お前さん、見てみろ!」
商人はサンドイッチを作ってるであろう女性を指差した。
女性は一斤程あるであろう食パンを4枚切りにし、ふわふわに焼き上げたスクランブルエッグをたっぷりと挟んだ物を1つ、もう1つはたっぷりと新鮮野菜を使った物を1つ作りあげていた。
この2種類のサンドイッチが1か月程は無料で食べられるという事を商人は併せて付け加えた。
「飲み物もお茶なら贅沢にならんぜ!」
流石にジュースは贅沢品になるのだろう。ハイネは頷いた。
「自分で作るって言うんならよぉ、俺のとこに来い!新鮮な野菜や果物を渡してやんぜ!あっちの方に行けば肉や魚も手に入るぜ!」
自分で調理をする分の食材に関しては通貨を取らない、という事だ。
1か月、無一文だとしても食に困らないというのはやはりありがたい話ではある。
其れ迄に仕事を探せば良いというのがメモリアル城の方針だ。
ハイネは料理をした事はあまり無い。そう記憶している。
だが、その記憶が何だったのかは思い出せない。
「…この機会に料理を覚えるのも良いかもしれないわね」
「おお!それが良いぜ!ところでお前さん、料理は知ってるのか?」
「…残念ながらそこまでは」
「おお、それだったらよ、ヤハナ地区にのはずれにあるモートンにでも聞いてみろ?あいつなら教えてくれると思うぜ!」
「そう、なんですか」
「あー…でもあいつ…金は取るか……いや、1か月なら大丈夫だろう!」
教えを乞うというのはどの世界でも金銭は必要なのかもしれない。ハイネは漠然と考える。
図書館もあるらしく、料理本には困らないという事もハイネは教えてもらった。
とはいえ今日明日で突然料理が出来る様にはならないという事もハイネは判っている為、先程見たサンドイッチを貰いに行く事にした。
「すみません、サンドイッチをいただけるかしら?」
「あら、いらっしゃい!フフ、あたし特製のサンドイッチはねぇ、とーっても美味しいのよ!ほっぺたが落ちちゃうわよ!」
「…あ、えっと」
「あなた新入りよね?フフ、今日は特別大サービス!オマケにパン耳の切れ端で作ったラスクをおやつにあげるわ!」
「…ありがとうございます」
ハイネは女性からサンドイッチとラスクを受け取り、その場を後にした。
「あっ!そうそう!噴水がある場所はとっても気持ちいいから是非そこで食べてみてねん!」
女性はハイネの背後から声を掛けた後、別の住民の相手をしていた。
ハイネは女性の言ってた通り、噴水広場迄やって来た。
ボリュームたっぷりのサンドイッチだ。
ハイネは1つは昼食に残しておこうと思い、野菜サンドイッチを食べる事にした。
野菜サンドイッチを食し終わった所で、ハイネをじっと見る影が目に映る。
ハイネは警戒をした。
「おやおや、其処迄警戒等しなくとも」
「……あなたは」
聞き覚えのある声だ。
ハイネがメモリアルワールドへ来た日に聞いた声と同じだった。
紫のフードを深く被り口元だけしか見えない褐色肌の男。足元を良く見るとどうも透けているようだ。
「此処での暮らしはどうかな?」
「どうって…まだ何も」
「ハハハ!それもそうですねぇ、まっ、其の内面白いものでも見られる事でしょう」
「面白いもの…?」
男は言うだけ言って姿を消してしまった。
何を求められていると言うのだろうか。
ハイネは噴水を眺めながら目を閉じる。
「ーくん、あのね今日は」
「ええ、分かってますよ」
「…キミは本当に私のことをよく分かってる」
「ーさんの事ですから。今日は何を食べますか?」
「ふふ、そうだな、せっかくだからキミの得意料理を。私はアレが好きだよ」
「お任せください」
嗚呼そうだ、私は、料理はキミに任せていたね。
キミは…誰だった?キミは。キミは。キミは。
でも大好きな人。
顔を、思い出せない。名前を、思い出せない。
ハイネは目を開ける。目の前には噴水が変わらず其処に在り、子供達が遊んでいる。
思考は梟には判らない為、ハイネが何を考え、何を思い出しているのか迄は判らないようだった。
「……言葉にしなければ、って事なのかしらね」
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