メモリアルワールドーハイネ 過去編ー
私は強い。
誰にも負けない。
それくらいの剣の腕はある。
だからこそ、この国を私は守る。
ハイネがハイネと名を付けられるよりも遥か昔の話である。
タッカルス国に銀髪に青目の女剣士がいた。名前はリゼットという。
リゼットは剣の稽古を一人黙々としていた。
「今日も精が出るねぇ!」
「……どうも」
リゼットに声を掛けたのはフラビアンという男剣士である。
フラビアンはリゼットと同期だ。
「女だってのにそんなに強くなってどうすんだ?」
「うるさい。その喉掻き切るわよ」
「おー怖い怖い」
フラビアンは笑いながら両手を挙げてみせた。
「…それで?何の用?」
リゼットは稽古をやめ、フラビアンに尋ねる。
「おお、そうだった。お前、建国祭で皇太子様の護衛だって?」
「それが何か?」
「………お前、大丈夫か?」
「……大丈夫よ」
フラビアンがリゼットを心配するのも無理の無い話である。
本来女は剣士として戦場に立つ事はなく、異例中の異例である。
リゼットは隊長を務め自身の部隊を指揮しながら最前線へと立っている。
当然周りの目は冷ややかなものであり、リゼットをよく思わない者ばかりだ。
活躍出来るであろう位の高い者達の護衛を任されたのがリゼットならば尚の事だ。
リゼットは周りが何て言ってるのかは把握していた。
其れでも自身がやるべき事を判っている為、周りが言う事には構っていられなかった。
フラビアンは良きライバルであり、リゼットの数少ない味方である。
「まぁ、皇太子直々の依頼だもんなぁ。断る訳にはいかねーか。ま、お前がヘマした時は俺は笑ってやんよ」
ケラケラと笑いながらリゼットの肩を軽く叩いてからフラビアンはリゼットと別れた。
「……リゼット、俺はお前のことが憎いよ」
フラビアンはリゼットに聞こえないように呟いた。
味方だと思っているのはリゼットだけである。
リゼットは隊長という事もあり、様々な仕事をこなしていた。
街の人々を助ける事、隊長として部隊を指揮し、時には部下の相談にのったりもする。また、書類作成や整理だけでなく重要な書類にサインをしたりもする。重要な会議が入る事もある。
日々が忙しかった。
其れでもリゼットは此れは自身の責務だと考えている為、周りに疲れを見せない様にしている。
リゼットは帰宅する部下を見届けてから、夜勤に当たる他の人に声を掛けながら帰宅した。
「ただいま」
「おかえりなさい!リゼットさん」
玄関迄出迎えてくれた人物は茶髪に右目は赤、左目は紫というオッドアイでリゼットよりも少し高い身長の男だ。
「ノランくん、ただいま」
リゼットは男をノランと呼び、ふっと笑いながら帰宅した荷物を片付けながら普段見せない顔を見せていた。
「今日は何日振りの帰宅ですかね?」
ノランが笑い掛けながらリゼットに問う。
「……3日振り?」
建国祭が近付いている為か、リゼットの仕事が立て込んでおり、自宅に帰るのもまちまちになっている。
「今日はリゼットさんの好きなものを作りますね」
「ふふ、ありがとう」
ノランはリゼットにそう言いながら、紅茶を淹れ、リゼットに差し出してから夕食準備を始めた。
「ところでノランくんは建国祭は遊びに行くのかな?」
「建国祭……あー……そう、ですね」
何処か歯切れの悪い様子でノランは返答をする。
「毎年の事だろう?今年は建国100周年でいつもより派手だからキミなら喜ぶかと思っていたけど」
「……ほら、リゼットさんと一緒に回れませんから」
「……っ」
ノランに言われ、透き通る様な白い肌が赤くなるのが直ぐに判った。
「……ほんとキミは」
リゼットとノランは幼馴染だ。とはいえ、リゼットの隣に越して来たのはリゼットが8歳の頃だっただろうか。
ノランが5歳の頃に家庭の事情なのか、何処からともなく母親に手を引かれリゼット達が暮らしていた隣の家にやって来た。
リゼットの父は領主であり忙しく、母はリゼットが幼い頃に病気で亡くなっていた。
領主ではあるものの、同時に戦場に立つ剣士でもあったので、周りからは慕われていた。
普通であれば執事やメイドが居てもおかしくないのだが、人を使う事を嫌っていた為、リゼットの食事の支度だけをしてくれる人を雇っていた。
その為、ノランが来てくれた事により一緒に遊べる友人が増えリゼットは心から喜んだ。
リゼットが10歳の頃、リゼットの父は戦争で命を落とした。
そのまま親族に引き取られる予定ではあったが、父の意思を引き継ぎたい、そしてノランと一緒に居たいと思ったリゼットは
『私は剣士になる為に学校へ通いたいです。そしてお父さんが残してくれた家からは離れたくないです。だからわがままだけど、どうか』
と頭を下げ、残る事になった。
ノランの母もリゼットの想いを汲み取り、加勢をしてくれたのも大きかった。
領主を務めていたのはリゼットの父であった為、本来であればリゼットが継ぐ筈だったが、幼いリゼットでは難しい為、リゼットの父の弟が引き継ぐ事となった。
リゼットの食事の支度をしていた人は別の貴族の元へと雇われてしまった為、リゼットは一人になった。
ノランの母はリゼットを自宅へと招いて食事を食べさせたりと、第二の母という形でリゼットの面倒を見ていた。
リゼットは強がり、寂しくないか?という問いに対し、大丈夫と笑って見せていた。
だが、まだ幼いリゼットは夜一人でいると度々孤独感や不安感に苛まされ、静かに泣いていた。
ある日、ノランはこっそりと自宅を抜け出し、リゼットの自宅の庭から小石を投げリゼットに呼び掛けた。
リゼットはその日、ノランを自宅に招き、父親が亡くなってから初めて涙が枯れる程大泣きした。
其れ以来、リゼットはノランに心を許し、ノランがいつ来ても良い様に1階の窓の鍵を開けたまま寝る事にした。
リゼットがノランに恋をしたのもこの時だった。
だが、恋人になってくれ、と言うつもりはまだ無かった。
自身が強くなり、自立する事。
父の様に強くなる事。
リゼットの目標だ。
ノランが15歳、リゼットが18歳の頃、ノランの母は戦争に巻き込まれ亡くなった。
医療関係で様々な人を手当てしたり助けたりしていたのだが、ある日流れ弾が当たり、処置も間に合わずそのまま亡くなってしまった。
リゼットは異例の出世で隊長として戦争に赴いており、ノランの母が亡くなる瞬間を見ていた。
『………私が、殺したも同然だ。キミに責められても仕方ない』
『……いえ、リゼットさんのせいではありません』
『だけど…!』
『母は、戦地でリゼットさんの力になれると喜んでました。そして医療者である自分が出来る役割も』
『……ああ、お母さんは…強い人だったよ』
『…リゼットさん、どうか母の為にも自分を責めないでください』
『………』
ノランは泣きたくなる気持ちを抑え、リゼットに懇願する。
『私が…出来る事ならなんでもする』
『……では。リゼットさんの家に住んでもいい、ですか?』
『え…?』
ノランの言葉にリゼットは固まる。
『……僕一人ではどうもここは広くて。それに…リゼットさん、料理出来ないでしょう?』
『た、確かにそうだが』
『僕がリゼットさんのご飯作ったり身の回りの世話をしますから』
ノランの家よりもリゼットの家の方が広いのだが。リゼットは其処に対し言及するつもりは無かった。リゼットは所謂花嫁修行というものを全くせず、剣士になるべく全力を注いで来た為、自身の事はおざなりになっていた。
ノランの言葉にリゼットは了承をした。
「あれから2年、経つんだね」
ノランに思い出したかの様に伝える。
「ええ、そうですね。……さて、出来ましたよ」
ノランはそう言いながらリゼットの前にグラタンを置いた。
「ありがとう、いただきます」
「……建国祭、では。その、リゼットさんは少しだけでも時間は取れるんでしょうか?」
「…どうだろうね?護衛に付かなければならないからね。夜なら少し時間が取れるんじゃないかな?」
グラタンを食べながらリゼットは答える。
「……じゃあ少しだけでも一緒に、回りましょう?」
「約束は出来ないけど…私もノランくんと一緒に回りたいから……」
リゼットは少しばかり照れながら伝える。
ノランの表情には少し影が差していた。
食事を終え、リゼットは眠りに就く。ノランは隣に布団を敷いて共に寝る。
リゼットと建国祭について話をする2日前の事だ。リゼットが留守にしていた日の夜。
ノランがふと外を見ると、ある男が木の上にいた。
男の姿を見てノランは庭へと出てから話し掛ける。
「……ここまで来て、何の用?」
「おー怖いねぇ。お姫様のナイト気取り?」
「……冗談を言う為ではないでしょう?」
ノランは木の上にいる男に話し掛ける。
男は木の上から降りて来て、ノランに伝える。
「おっと、そうだった。建国祭であの女を陥れたいんだってさ」
「……無理じゃないかな」
「そーこーで、君の出番って訳だよ!」
「…まだその時じゃないだろ?」
「うん、まだね。でも布石を置く事は大事だよ。来たる日に向けて、ね」
「……どうせあんただってなんかするんだろ、フラビアン」
フラビアンはそのままノランに手を振りながら別れた。
「……僕の祖国の為には、仕方ないんだよね」
ノランの呟きは闇夜へと消えて行った。
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