「平成万葉集」 から平成最後の7選
由来は万葉集という新元号「令和」まで、あと10日を切った。2008年6月に募集が開始され、11月末までに応募総数4万6027首、三次にわたる選考の結果、2009年4月に入選作千首が決定したという「平成万葉集」を読み、平成最後に私が独断で選んだ7首を紹介したい。
傷ついてなんかないほら焦がさずにいつもどほりに卵が焼けた
馬場登志子(50歳)岡山県
誰への強がりか、何に傷ついたのか、想像を掻き立てる。台所に立つ後ろ姿、玉子焼きからのぼる湯気が見えた。
八十路とて侮る勿れ七人の敵に備えて口紅をひく
長崎宏子(81歳)東京都
不敵に笑む、深紅の口紅が浮かぶ。小気味良い余韻。女性は化粧で、魂が入る。
何もかも納得づくというけれど刺さった棘が主張する夜
石木朋代(41歳)大阪府
頭ではわかっていても、心に刺さった棘が小骨のようにいつまでも抜けずに、存在感を放ち続ける夜がある。ちょうど今夜、私の心に刺さった一首。
娘や孫の帰りし夜の天井に風船二つ寄り添ひ浮ぶ
森安正(82歳)東京都
自分が実家から帰った後、独り暮らしの母が主を失った風船が漂うような、そんな想いを抱くのかなと想像し、胸がぎゅっとなる。ゴールデンウィーク帰省を胸に誓う。
落ち葉踏みブナの林を見上げれば空も私を見つけてくれた
涌井悦子(53歳)新潟県
空が見つけてくれた、という感覚をつい先日味わったばかりなので、この空との呼応に共鳴した。
朝刊を広げる音とテーブルにパンとミルクと少しの憂鬱
斎藤美奈子(60歳)埼玉県
一人の食卓なのか、二人の食卓なのか、どちらともとれる一首。一人で代わり映えのしない朝、今日のことを考えながら、新聞を開く音だけが響く様か、二人でいるのに会話もなく、無言の食卓に新聞をめくる音だけがたゆたう様か。年齢的に後者だろうか。
子の見せた一瞬のその無表情 理由を聞けずに二日が過ぎた
木村由里亜(32歳)大阪府
親子関係でなくとも、親しき仲の瞬間の無表情は雄弁に何かを物語る。そして親しき仲だからこそ、安易に聞けないこともある。じっと様子をうかがい、理由を話してくれるのを待つ。
短い一句から、匂い立つ空気や溢れ出る情景を味わう、という娯しみは、時間の流れが緩やかになり、とても心地よい。
別の短歌も読んでみたいと思った。
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