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旅する日本語 第2語 「差添いの祈り」

「縁切り神社に行きたい」

その当時、妻は疲れ切っていた。もはや神にすがるしかないほど、人間関係に追い詰められていた。

「そういえば、前に熱海の来宮神社がいいって友達が言ってたかも……」

スマホとにらめっこをしながら、妻がずっと神社の情報を調べていた。

「あのさあ、グリーン車にタダで乗れるチケットあるんだけど今月末で切れちゃうから、新幹線でどっか行かない?」

妻にそう聞くと「熱海に行きたい。来宮神社に行く」と言うので、急遽日帰りの旅が決定した。

朝一のグリーン車でゆったり熱海へ向かう。電車好きの自分としては、電車の旅ができるだけで嬉しい。しかもグリーン車。ちょっとした優越感が味わえる。

昼前に来宮駅に着く。駅舎がレトロで思わず写真をとる。

道すがら妻が甘味屋を見つけ、みたらし団子を買い食いする。

長い狭いトンネルを通り抜ける。たまたま見つけたよさげなカフェでランチ。腹ごしらえを先に済ませた。

そんなひとつひとつが妻と一緒だから全部楽しい。

そして、ようやく最初の目的地「来宮神社」に着いた。

妻は自分の分だけでなく、職場の友達の分もとお守りを3つ買い、パワースポットの大楠の周りを回りながら祈りを捧げていた。

「なんか、あいつ消えろとか、いなくなれって人の不幸を願うのは不健康だから、とにかく仕事での良縁をお願いした」

妻のそういう所、好き。

その後、もう一つの目的地であるパワースポット「大室山」に向かった。乗ったことのない電車に乗るのは楽しい。電車で伊豆高原、さらにバスで大室山へ、そしてリフトで山の上へ。

そうしてたどり着いた場所は、空に手が届きそうな雲の上だった。

数歩先は柵もない空、足がすくむ絶景に心が洗われるようだった。

帰りは伊東駅までバスで戻る。夕餉の場所でも探すかと、ひとつ手前の停留所で降りて歩いていると、観光ブックに載っていた「東海館」という古い趣きある銭湯が目に入った。

汗もかいているし、せっかく温泉街にいるし……と、予定していなかったがひとっ風呂浴びることに。入浴後、元々旅館だったらしい建物の中を見学することもできた。

さっぱりしたところで、改めて夕餉の店を探す。なかなか見つからず、あきらめて伊東駅に向かう最後の道すがら、魚が食える店を発見し飛び込んだら、これが大当たり。うまい飯にありつけた。寿司の海女屋、最高。

帰りは二階建ての列車に乗り、まったり帰路につく。こうして一日たっぷり観光し、日帰りの旅は幕を閉じた。

きっかけは、グリーン車の無料チケットと妻の呪いもとい祈りだったけれど、旅はそれ自体、日常を忘却させる力を秘めている。妻も帰りには笑顔になり、元気を取り戻したようだった。

差添いの祈りは、その数ヶ月後、現実のものとなり、妻が悩んでいた人間関係は解消され、新たな人間関係が構築されたという。

神はいたんだ、と喜ぶ妻。

しかしその数ヶ月後、またその新たな人間関係に悩まされることになろうとは、その時の妻には知る由もなかった。

また、同じく数ヶ月後、この時背負っていたリュックサックのポケットから、カビが生えたみたらしの串が出てくることになろうとは、その時の僕にも知る由はなかった。

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