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量子コンピュータの実用化が早まるかもしれない!?富士通が開発したSTARアーキテクチャとは?

こんにちは!富士通広報note編集部です。
皆さんは量子コンピュータが実際に社会の役に立つのはいつだと思いますか?
数十年単位の時間がかかるなどと言われることもありますが、近年技術の進歩がとても速く、材料開発などに量子コンピュータが使われ、エネルギー問題の解決などの形で私たちがその恩恵を実感できる日は、そう遠くはないかもしれません。

今回は、そんな量子コンピュータの実用化を早める技術として、本日富士通が発表した、量子計算アーキテクチャの新技術の開発に携わった研究チームのインタビューをお送りします。


インタビュイー:(右から)
・富士通株式会社 量子研究所 ロバスト量子計算CPJ シニアプロジェクトディレクター 大島 弘敬
・国立大学法人大阪大学量子情報・量子生命研究センター 副センター長
兼)大阪大学大学院基礎工学研究科 システム創成専攻 電子光科学領域
量子コンピューティング研究グループ 教授 藤井 啓祐

・富士通株式会社 量子研究所 ロバスト量子計算CPJ シニアリサーチマネージャー 藤崎 淳
・富士通株式会社 量子研究所 ロバスト量子計算CPJ 研究員 赤星 友太郎
・富士通株式会社 量子研究所 ロバスト量子計算CPJ 研究員 兎子尾 理貴
・富士通株式会社 富士通研究所フェロー兼量子研究所長 佐藤 信太郎

まず基本的なことですが、量子コンピュータの実用化に向けて、現在乗り越えるべき課題は何ですか?

(藤崎)最大の課題はエラー訂正だと言われています。皆さんが使っているパソコンを始め、コンピュータには何らかの理由で発生した演算の誤り(エラー)を訂正する仕組みが必要です。量子コンピュータについても、エラー訂正の仕組みが理論的に研究されていますが、多数の量子ビットを使ってエラーを見つけ、訂正するような仕組みになっているため、エラー訂正を行うにはたくさんの量子ビットが必要なのが課題でした。例えばエラー訂正を行うことができる量子コンピュータをFTQCと呼びますが、FTQCがスパコンより速く計算できるようになるには、典型的には100万量子ビットが必要(※1)だと言われていました。2023年10月に理研と富士通が公開した量子コンピュータは64量子ビット機ですから、まだ先が長いと考えられていたことが分かると思います。

※1 典型的には100万量子ビットが必要:
FeMoco(酵素活性中心)のエネルギー推定問題をエラー率0.1%の条件下で解くために必要な量子ビット数を試算した結果(出典: Reiher et al, PNAS, 114 (29) 7555-7560 (2017))から引用

今回開発した技術の概要を簡単に教えてください。

(藤崎)今回開発した技術は、数年後に実現が期待されている、数万から数10万個の量子ビットが存在する時代(Early-FTQC時代と呼ばれています)に、量子コンピュータで実用的な計算を行うための独自の計算の仕組み(量子計算アーキテクチャ)です。これを、英語名(Space-Time efficient Analog Rotation quantum computing architecture)の頭文字をとって「STARアーキテクチャ」と呼んでいます。これに関して、もともと基本的な仕組みは2023年に大阪大学の藤井教授と共同で発表させていただきましたが、今回はSTARアーキテクチャをさらにエラーに強いものに改善し、具体的な計算問題への適用した場合の計算時間を見積もることができる段階にまで一気にレベルアップさせています。

FTQCを目指した研究が行われていて、その前にはEarly-FTQC時代が来ると予想される中で、今回の開発技術はどのように位置づけられますか。

(藤井)Early-FTQCというキーワードがまだ浸透していなかった2023年の3月に、Early-FTQC時代を切り拓くようなSTARアーキテクチャを、富士通さんとの共同研究で発表させていただきました。その後、世界的にもNISQ(※2)からFTQCへと大きなシフトが起きつつあり、その中間的なマイルストーンとしてEarly-FTQCというキーワードが世界的に定着してきました。今回の成果では、具体的なアプリケーションから、量子計算のアーキテクチャ、ハードウェアに至るまでend-to-endで繋げるために必要となるソフトウェアチェーンの実装を行い、実用的な問題に対してどの程度の計算時間がかかるか見積もれるようになりました。この結果、産業において重要な問題を、STARアーキテクチャを用いて、従来のスーパーコンピュータよりも数桁速く計算できる、という見込みが得られました。今回の結果は、Early-FTQC時代でも量子コンピュータが従来のスーパーコンピュータよりも数桁速く計算できる、そして実用レベルで価値を生み出すことができることを実証するもので、今後のハードウェア開発の指標になると思っています。

※2 NISQ:
Noisy Intermediate-Scale Quantum Computer の略。100から1,000量子ビットの小・中規模でノイズを許容する量子コンピュータ

急速に研究が進んでいる中で、FTQC、Early-FTQC時代に向けて、藤井先生はどのような見通しを持っていらっしゃいますか。必要な技術は何だと思いますか。また人材育成の面では何が重要だと思いますか。

(藤井)数十量子ビット規模の量子コンピュータが世界的に多数登場し、それらのNISQとしての利用や、量子誤り訂正の実証実験に向けた試みが進められています。特に、量子誤り訂正の実証についてはまとまった数の量子ビットを高い忠実度で動作できるようになって初めて可能になるタスクであると同時に、量子誤り訂正やFTQCの実現は量子コンピューティング分野の究極のゴールであるので、今後、部分的な量子誤り訂正の実験が比較的簡単にできるようになってくると思われます。今まで量子誤り訂正は、私のような一部の理論研究者が空想の中で研究をやってきたコアなテーマでしたが、実機で量子誤り訂正を実際に実装できるようになるともっと多くの人がこの分野に参入し新たなアイデアを試すことができるようになり、今まで出てこなかったような量子誤り訂正の技術が出てくると期待されます。今回の成果も、これをベースラインとしてどんどん改善されていくと期待しています。
 今回の共同研究でも、大学院で素粒子物理や物性物理を学んできた富士通の若い研究者が活躍しています。幅広いバックグラウンドを持った研究者が量子誤り訂正の実装に関わって新たなアイデアを試すことが重要だと思います。

開発に携わった赤星さん、兎子尾さんは入社数年以内だと聞きましたが、藤崎さんからご覧になってどうでしたか。

(藤崎)ここにたどり着くためには、いくつもの難しい課題をクリアする必要がありました。課題の1つは、STARアーキテクチャの初期の開発を2023年3月に入社1年目で成し遂げた赤星研究員が、藤井教授と議論を重ね、非常に短いスパンでトライ&エラーを繰り返して課題解決に至りました。別の課題は、大変難しいものでしたが、2023年度に入社したばかりの兎子尾研究員が持ち前の発想力を発揮し、なんと2ヶ月で解決に導く技術を発案しました。この2名がタッグを組み、お互いの専門知識を活かして壁を乗り越えていく様子が印象的でした。今回の成果は藤井教授のサポートを基盤として、非常に優秀な2名の若手研究員のブレークスルーによって成し遂げられたものです。

赤星さん、兎子尾さんに伺います。大学院時代の専門性は、今回の新技術の開発にどう生かされたと思いますか?

(赤星)私は素粒子物理学という分野で研究をしていました。我々の身の回りの物質は原子や分子が集まってできていますが、それらをさらに細かく分解していくと、やがてこれ以上分解できない最小単位である素粒子に行き着きます。素粒子物理学は、素粒子の研究を通して、この世界に起こる様々な現象の仕組みを理解することを目指す学問です。
 素粒子のふるまいは量子力学という理論に基づいて記述されますが、この理論は量子コンピュータの基礎でもあります。したがって、量子コンピュータ研究で必要となる基礎知識は大学院時代からそのまま引き継がれています。また、大学院時代の研究ではスーパーコンピュータを用いた大規模な数値計算を行っていました。そこで培った数値計算技術も、新技術の効果検証のためのシミュレーションなどで生かされています。

(兎子尾)私は物性理論、つまり、物質の様々な性質を量子力学の観点から説明する研究領域を専門としていました。
 今回の研究では、「STARアーキテクチャによって材料開発を加速させること」が重要な焦点の1つとなっていました。その際に直面する「いかに材料を理論的に解析するか」という課題は、私のかつての専門分野である物性理論と深く結びついています。そのため、今回の研究では、アイデアの発案から具体的な解析に至るまで、様々な場面で自身の専門性を活かせました。

終わりに

量子コンピュータの早期実用化に向けて、富士通では国内外のトップレベルの研究機関との共同研究を進め、ハードウェア、ミドルウェア、アーキテクチャ、アプリケーション開発を含むあらゆるレイヤーで、量子関連技術研究と産業適用を推進していく予定です。今後の展開にぜひご注目ください。


今回発表した技術のより専門的な内容については、以下の学術論文をご覧ください。

Compilation of Trotter-Based Time Evolution for Partially Fault-Tolerant Quantum Computing Architecture
Yutaro Akahoshi, Riki Toshio, Jun Fujisaki, Hirotaka Oshima, Shintaro Sato, Keisuke Fujii 

Practical quantum advantage on partially fault-tolerant quantum computer
Riki Toshio, Yutaro Akahoshi, Jun Fujisaki, Hirotaka Oshima, Shintaro Sato, Keisuke Fujii


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