今日の初体験:ぬいぐるみ相手に自分のことを話す

上京前に通っていた鍼灸のおじいちゃん先生に、「あなたは自分のことを話すのが苦手だから、植物相手に話す練習をするといい」と言われたことがある。

私は表向きは比較的明るく社交的に振る舞える人間だと思っており、その時もいつも通りとりとめのない世間話をしていたのに、突然そのように言われて少し戸惑った覚えがある。
そして実際、私は自分のことを話すのが苦手な自覚があった。

上京した時に、母がシェフレラの小さい鉢をくれたので、話す練習をしよう、話す練習をしよう…と思いながら眺めていたが、シェフレラは日当たりのよい窓辺の机でみるみる大きくなり、ベランダにしか置けなくなったので、外でぶつくさ言うわけにもいかず、結局植物相手に話す練習をすることはなかった。

考え事をして眠れなくなった夜、眠れないなあ、紙に頭の中を書き出したりしてみようかなあ、などと考えている時に、そんなことを思い出した。
そして、あー、ぬいぐるみ、ぬいぐるみでもいいのでは?どうせ眠れないし、今やってみようかなと思って、部屋の各所にいる4体のぬいぐるみをのそのそと布団に並べて、話を聞いてもらうことにしたのが今回の発端である。


「あ……………あ、あ…あの……、あ、ね、眠れ、な、なくて、ですね、あ……ん……んん……、あの、お話、を、を、聞いて、ほしいと、思いました。」

というのが一言目だった。この一言に40秒くらいかかった。

繰り返すが実際、私は自分のことを話すのが苦手である。というか、自分のことを誰かに話す機会がおそらく極端に少なかった。

保育園の年長さんの時、「保育園の先生もお母さんも、みんな自分のことで精一杯で、私の話を聞くより、自分の話をする方が真剣で楽しそう」という類をことを思ってから、保護者に対して、手間のかからない、いい子であることを目指し続けてきた。

小学校で仲間外れにあってから、自分のことはあまり知られない方が、馬鹿にされるネタを提供しなくて済むので有益だと思った。

高校以降には気の置けない友人にも恵まれたが、自分の話を聞いてもらうというのはやはり気が引けて、なんでも一人で選択できる性分も相まって、引き続きコミュニーケーションのトピックとして持ち出す以外に自分の話をすることはなかった。

就活で久々に自分のことを話すことになった時に、自分のことを話すと涙が出ることに気づいた。
自覚がないだけで、そんなに苦しい思いをしてきたのだろうかと思ったが、単純に自分のことや肚からの気持ちを話す時に涙が出るらしい。
同じような人がけっこういるというのを知ったのは最近だった。



「た、た、たくさ、ん、か、考え事、を、していたら、あの、眠れなくて…あ……あ、あの、1個目は、仕事、の、こと、とか、でした。」

なぜ敬語なのか、なぜ過去形なのかと言われてもわからない。言いたい内容は決まっているのに声が出ない。気持ちが声になるまでが遠い。ずっと手が動いている。一生懸命、体を使って絞り出していく。

「仕事……が、お、終わらない、けど、やりたくなくて、いっそ、…あ…の…趣味の、こととか、す、すれば、いいんだけど、…あ、んん……ん………あの、机、に、座ると、し、仕事、しなきゃって、なる。」

こうして言葉を1個ずつ並べていくうちに、やっぱり涙が出たりして、文法はめちゃくちゃで話はしどろもどろで、ぬいぐるみ相手に申し訳ない気持ちになったりする。

「話した、い、い、こと、言うこと、は、決まって、る、のに、い……い、あ、ん…す、すぐに、言えない。あ、の、頑張ってるん、です、けど、あ、あの、すみません…」

しかしぬいぐるみは大丈夫だよー!とか頑張ってー!とか言ってくれないので、こんな感じでも、とにかく話すしか、自分が話し続けるしかなく、頑張って話し続けた。

在宅ワークで、終わってない仕事を残業してやろうと思うけど、机に向かうとどんよりした気持ちになること、休日も机に向かうと仕事しなきゃ…という気持ちになり、趣味ややりたいこともやる気が出ないこと、自分の家以外にゆっくりできて広い机があって涼しくて適宜つまめるおやつがある作業場が欲しいが、そんなところはないこと、友達の家で、映画を見てる友達の横で作業できたりなどしたらいいのではと思ったが、そもそも近間に友達がいないこと…などを、話した。

「あ、あ、友達…つくる、の、の、を、し、しよう、かな。なんか、と、とも、友達つくろう!とか、あ、ま、まえ、前向きな、感じがして、いいね…ふふ…」

ということで、最終的に「作業場としての友達の家」を確保すべく、友達づくりをする、というネクストアクションが出て今回は終話した。
最低な結論である。

しかしどんなに最低な結論でもぬいぐるみたちは何も言わない。終始何を思っているのか何も思っていないのか分からない顔でずっとこっちを見ながら、その場を立ち去るでもなくそこにいる。
そのおかげで私は話し続けるしかなかったし、そのおかげで私は、人生で最も長く、そして満足に自分の話をすることができた。

何も言わずそばにいて話を聞いてくれることや、こちらのペースでこちらの満足のいくまで話すことができるというというのはありがたいなと感じた。自分の中に話を聞いてもらいたい欲求があったのかはわからないけど、話し終えてみると、嬉しいという感情があった。


「あ、の、き…聞いて、くれて、あ、ありがとうございました。と、とても、嬉しかったです。」

最後は話すのが少しだけ流暢になっていた。一礼をして、ぬいぐるみたちをもとの場所に戻した。布団に戻って横になって時計を見ると3時で、とても疲れていて眠くて、すぐに眠ってしまったような気がする。




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