感謝とたむけ、はなむけは似ている。
今の世の中は時間という資源を基準に考えられている、と思っている。
たとえば、労働の対価は時給で考えられることが多い。一時間あたり、1000円とか。都道府県ごとに最低時給が決められているのも、時間を労働を経てお金に変える考え方がメジャーな理由だと思う。
この時間を基準にする考え方は、時間が有限である、という前提に基づいている。人は一定期間を生きると、死ぬ。
ただ、人の時間の価値は平等ではないから、お金という尺度を用いて整える方が便利だ。
そして、時間の前は金がその役割を担っていた。
金本位制が終わった
むかし、社会科の授業で「ニクソンショック」という出来事を教わった。当時のアメリカの通貨「ドル」は金と交換可能であるというルールによってその価値を信用されていた。
「ニクソンショック」は、
金とドルを交換できんのやーめた。
という宣言によって起こった一連の出来事のことだ。
当時の人は慌てたと思う。
「金と交換できるって言うからドル使ってたのによ!」
でも、結局のところ人々はドルを使い続けている。
ニクソンショックがなぜ起こったのかといえば、ドルを作りすぎて金が足りなくなったからだ。では、なぜ金が足りなくなったのかというと、金は有限だったからだ。
という仮説を立ててみた。
時間も有限だから、金と同じ運命をたどる気がする
人間の時間も有限だ。
この時間をお金に変えている世の中は、金本位制だった時代と似ている気がする。
ここで、時間と金の違いを比較したり、そもそもこの仮説が正しいかを検証するのも楽しいけれど、そうはしない。
そうではなく、もし「無限の資源」を基準に通貨を組み立てたらどうなるだろう?
ということを妄想してみたい。
感謝経済
妄想をして、最初に思いついたのは感謝という感情だった。
思いつくきっかけはいたるところにあったけれど、その中の印象深かった1つを紹介しようと思う。
大昔、貝殻がお金の原型になる頃のこと。誰も生きていないので、こんな可能性もあるよね、と自由に語れる時代のお話。
なんで貝殻がお金になったんだろう?
ある人が、大きな肉をダイコンと交換したいと思っていた。
別の人が、いいよ、と言ってダイコンを一本くれた。だけどその人は、ダイコン一本にしては、肉をもらいすぎたと思った。
そこで、余分に受け取った肉への感謝の気持ちを込めて、綺麗な貝殻を渡した。
そう、感謝を形にして表すために、通貨の祖先は生まれたのではないか。
これを繰り返していると、貝殻を多く持つ人はそれだけたくさんの「ありがとう」を集めたことになる。
この時代のお金持ち=貝殻持ちは、ものすごく気前のいいみんなから感謝されている奴ということになる。
そういう人間は信用される。
ここで、価値の逆転が起こる。貝殻が表現していた信用が、貝殻を持つ人の信用を経由して、貝殻自体の信用になる。
信用が集まったものが生まれれば、それはもう通貨として使える。
現代に感謝経済を実装する
金や時間に基づかない通貨って面白いなー、と思って始めた実験が「みかん感謝祭」だった。
今の経済の仕組みに、感謝という感情を乗せてみたら、何か変わるのではないか?
そんな思いつきがみかん感謝祭のスタートラインだった。
これには他にもいろんな要素の実験が含まれているけれど、同時に「感謝以外にも何かないのか?」と探していた。
条件は
1.半日くらい考えても枯渇する理由が見つからないもの
2.人間であれば、誰にでも扱えるもの
の2つだ。
感謝は、枯渇する心配がない。人間が社会を作っている以上、必ずどこかで発生する。しかも、感謝を生み出すのに必要なリソースを新たに調達する必要はない。
「ありがとう」
と言えばいいのだ。
たむけ、はなむけ
旅立つ人に応援や祝いの気持ちを込めて何かを渡す(ものに限らず、言葉でも)ことを
たむけ
はなむけ
と言う。
これにも、感謝と同じ性質があるのではないか?
ということを友人のSNSの投稿を見て思った。もし、新しい挑戦をする人、旅立つ人に渡す「たむけ、はなむけ」が原始の世界の貝殻のようなもので表されたらとしたら。
それはやがて「通貨」のような性質を帯び始めるのではないか?
仮説;感謝経済よりも、小さくて濃厚な経済圏になる
「たむけ、はなむけ」の経済圏は、感謝経済よりも広がりにくいとう。なぜなら、この感情は知っている人へ向けられるものだからだ。
ただ、だから逆に小さくても濃厚な経済圏が作れると思う。
その時にやってみたいのが、通貨のトラッキングだ。ウォーターフットプリントと同じ、この通貨はどういう経緯で僕の手元までやって来たのか、がわかる通貨だ。
もう、本当にただの妄想の垂れ流しになるけど、
ブロックチェーン使えば追いかけられるし、
なんならダチョウの卵使えば偽造難易度がめちゃ高い通貨が作れる。
というわけで、ブロックチェーンに詳しい人を募集します。サラリーマンしながらの趣味プロジェクトなので、コミットメントはゆるくてOKです。
このブログがこんな終わり方するとは、書き始めたときにはつゆほども思わなんだ笑