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スイカ弾き

*BFC5 1回戦作品。

 スイカの実は縞がはっきりして、大きくて艶のあるものがよいと祖父はいっていた。冷蔵庫の無かった時代、畑で穫れたスイカを冷たい川の水で冷やして食べるのが、夏の特別なおやつだったそうだ。
 その祖父から聞いた話。子どもの頃、夏の暑い時期になると、黒い山高帽に燕尾服姿の男がやってきたそうだ。スイカ弾きだ。日が暮れてスイカ畑に村の人たちが集まり、演奏を聴いた夜のことは忘れないという。
「スイカ弾きって、何?」
「スイカを楽器のように弾く人だよ」
「楽器?」
「そうさ、じいちゃんだって弾けるぞ」
 そういうと、祖父は縁側に座って脚の間に大きなスイカを抱え、撫でるようにして鳴らしはじめる。はじめて聞いたときは、どこから音が出ているのかもわからず、これがスイカの音かと驚いた。やがて、祖父の指先は縞模様の裏側に差し込まれ、器用に縞を弦にしてアンパンマンのマーチを弾いてくれた。懐かしい記憶だ。
 毎年やってくるスイカ弾きを、村人たちは楽しみにしていた。田舎ではちょっと見かけないその風貌や仕草に、異国の雰囲気を感じたという。
 それもそのはず、スイカには何千年もの歴史が詰まっている。原産地は南アフリカのカラハリ砂漠。四千年前のエジプトの壁画には既に描かれていて、ツタンカーメンの墳墓からも出土した。その後ギリシャ、さらにはシルクロードを経て、中国から日本へと伝えられるうち、古代エジプトのハープや、ギリシャ文明のキタラの音を取り込んで、スイカ弾きは生まれたのかも知れない。日本でも古く鳥獣戯画の絵巻物に、縞のスイカらしいものが描かれている。
 日が暮れる頃、村人たちは提灯を手にしてスイカ弾きがいる畑へと集まってくる。スイカ弾きは、熟れてきたスイカの実を指でとんとんと叩く。大きさと熟れ具合で、スイカの太鼓の音色は変わる。その中で弾きやすい実を選んで自分の脇へと置くと、あと二つ三つを指さして、切るようにと促す。それは、観客が食べる夜のおやつになる。
 さあ、スイカ弾きの始まりだ。スイカを撫でるだけで、ぞくっとするような音色がこぼれる。やがて縞模様の裏に指を入れて弾き始めると、模様だったはずの縞は正弦曲線を描いて響き、心地よい音が身体に染みいる。実だけではない。巻きひげを指ではじいたり、花を吹いて音を鳴らして見せたり、村人たちの反応にあわせて即興で演奏を続けた。
 その演奏を聴きながら、村人たちが賽の目に切ったスイカを食べて喉を潤すように、その音色は人の心も潤した。そして、演奏した畑のスイカは美味しくなり、滋養強壮にもよい。ときに痛くて歩けなかった脚や、見えなくなった眼すらも治ってしまう。村人たちは演奏のお礼として、けっこうな額の金品を渡していたらしい。
 祖父は、このスイカ弾きにすっかり心を奪われてしまった。大人になったら、一人前のスイカ弾きになってみせると誓ったそうだ。そこで、演奏が終わったスイカ弾きを訪ねて、弾き方を教わった。
「こっそり練習するんだよ。子どもにスイカ弾きを教えたなんてわかったら、二度とこの村へは来られなくなるからな」
 スイカ弾きの言いつけを守って、祖父はこっそり練習を重ねていたが、毎日学校から帰ってくるとスイカ畑にいるものだから、やがてスイカを弾く練習していることがばれて、親からひどく叱られた。それでも隠れてスイカを弾く練習を続け、ついに縞を弾けるようになった頃、祖父は村を出て行く決断をした。
 スイカ弾きは街から来ていると信じていたし、スイカ弾きの技があれば街で食うに困らない、そう思い込んでいた。それが祖父の誤算だった。
 街では、スイカ売りがスイカを弾きながら売っているものとばかり思っていたのに、街にスイカ弾きの姿はなかった。どこからか運ばれてきたスイカが、ただ大きなかごに入れられて値札がついているだけだ。
 思い切って、スイカ売りのおばさんに尋ねたそうだ。
「あの……スイカ弾きの人は?」
「え、なんだって? スイカひき、何を言ってるんだい、この子は」
「ぼく、実はスイカが弾けるんです」
「は? じゃあ、弾いてみせておくれ」
 周りに人が集まってきて、少年だった祖父がスイカを奏でるのを待った。あまりの緊張から、そのときは音が出せなかったらしい。罵声と笑い声が、祖父を叩きのめした。
 スイカ弾きの来ない村には、もう帰れない。そこで祖父はすっぱりスイカ弾きの道はあきらめ、町工場の求人を見て働く道を選んだ。おかげで祖母と出会い、父が生まれ、自分がいることになる。
 そんな祖父に、自分もスイカを弾く方法を教えてもらった。
「いいかい、こうするんだよ」
 祖父の節くれ立った指に倣って、縞模様の裏に自分の指が入って音が鳴った瞬間、そのうれしさは忘れはしない。おかげで、いまもとびきり美味しいスイカが食べられる。それどころか、夏バテをしたことがない。

 そんなある日、乗り合わせた飛行機内で、こんなアナウンスが流れた。
「お客様の中に、スイカを弾ける方はいらっしゃいませんか」
 一瞬耳を疑って驚き、思わず「はい」と大きな声とともに手を挙げていた。そして、もっと驚いたことに、手を挙げた人はあと二人いた。

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