甘い、甘い、
「珈琲牛乳が飲みたいんだ。」
若者は口癖のように、こう呟いた。
「甘い甘い珈琲牛乳をおくれよ。」
若者はいつも、美しい恋人にこう呟き、甘い甘い珈琲牛乳を嗜んだ。
彼の横にはいつも甘ったるい珈琲牛乳がお供していた。
彼は決まって、まだ熱いままの珈琲牛乳を一口含むと「愛しているよ。」と恋人に向かって言うのだった。
恋人には「まるで私は珈琲牛乳がないと駄目みたいじゃない」といつも拗ねられても、今日も彼は「愛しているよ。」と呟くのだった。
「珈琲牛乳が飲みたいんだ。」
中年は口癖のように、こう呟いた。
「甘い甘い珈琲牛乳をおくれよ。」
中年はいつも、美しい妻にこう呟き、甘い甘い珈琲牛乳を嗜んだ。
彼はいつものように「愛しているよ」と言うと「小さくてやんちゃな子供が3人いるようですね。」と呟いた。
彼の愛しているはいつも珈琲の香りだった。
「珈琲牛乳が飲みたいんだ。」
老人は口癖のように、こう呟いた。
「甘い甘い珈琲牛乳をおくれよ。」
老人はいつも、私にこう呟き、甘い甘い珈琲牛乳を嗜んだ。
老人はいつものように、「愛している。」と呟くと、「愛している。」という言葉が宙を舞うだけだった。返事はなかった。
「愛しているよ、君の淹れる珈琲の珈琲牛乳じゃないとどうも旨くないし、暖かくないんだ。」
きっと老人は届かないとでも思っているのだろう。本音を吐き続けた。
「愛しているよ、君は世界で一番美しかった、世界で一番君に幸せになってほしかった、自分の事を美しいって言える君が好きだった、そろそろまた会えるかな。」
もう私は何も見なかった、見えなかったのが正しいかもしれない。
息子と娘、ふたりの成長だって楽しみだけれど、私はもう良いんだ、この世界で。だって――
「珈琲牛乳が飲みたいんだ。」
背後から、世界で一番愛した人の声がした。