藤田猫背

【ふじたねこぜ】

藤田猫背

【ふじたねこぜ】

最近の記事

君が送る文章、いつものやつ。うん、なんかさ。

「いつもと同じじゃなくて心配だな」 君の発する言葉はいつも僕を包み込む。暖かい空気が、暖かい目に見えない何かが。ふわふわって風になびくカーテンに包まれてるようで、君の文章はいつも僕を抱きしめる。 暖かいんだ。でも暖かいも優しいも君がちゃんとここまで傷ついてきた証拠だって知ってるし。君がボロボロになったその瞬間、君の優しさは形になったってさ。優しいってかさぶたみたいだね。 君が、暖かい君がbadモードの時。わかりやすいとき。 句読点も改行も全部いつもと違うとき。 優しさで

    • 文章という可能性、死という武器、私の実話

       「さようなら、まあるいせかい」 まだ蒸すような暑さの続く世界で、彼は両手を大きく広げた。 靴は脱ぐのがセオリーらしい。最期に言葉を遺すのもセオリーなんだとか。 死に際にそんな流暢な事やってられるか。 そんなことを思いながら、彼は靴を脱いでいた。 なんとなく、ただなんとなく、死に近づいたような気がする。 こう、なんというか死の世界が迎えに来ている感覚。 外の硬く、冷たい地が、心まで冷やしあげる。 天国、いや地獄は裸足なのだろうか。やはり海外の人間はそこも土足なのだろうか。そ

      • 反芻

        「生きていれば」 余りにも長く、とても越えられそうにない夜を越えた先の朝陽は生きて夜を越えた褒美のように私の顔を照らす。 鼻から体内を巡り、体全体を真人間に戻してくれるような朝の澄んだ空気と、汚れながら生きてきた私の体を包み込み、全てを肯定してくれるような優しい日差しはぼろぼろの体に抱き着いて離さない。 頬に当たる風も優しくて、私を迎えてくれているようだ。 夜中にあれだけ泣いたはずなのに目からは自然と涙が零れ、溢れて止まらない。日常なんて、生きる事なんて、人間なんて、学校なん

        • 甘い、甘い、

          「珈琲牛乳が飲みたいんだ。」 若者は口癖のように、こう呟いた。 「甘い甘い珈琲牛乳をおくれよ。」 若者はいつも、美しい恋人にこう呟き、甘い甘い珈琲牛乳を嗜んだ。 彼の横にはいつも甘ったるい珈琲牛乳がお供していた。 彼は決まって、まだ熱いままの珈琲牛乳を一口含むと「愛しているよ。」と恋人に向かって言うのだった。 恋人には「まるで私は珈琲牛乳がないと駄目みたいじゃない」といつも拗ねられても、今日も彼は「愛しているよ。」と呟くのだった。 「珈琲牛乳が飲みたいんだ。」 中年は口

          生きたいとか死ぬとか生きてるとか

          「〇〇くんっていつも笑顔だよね」 何気ない一言で、人生は変わる。 誰かの、誰でも、皆の、周りの全ての、この世に生きる全ての人に関わる体験だろう。言葉と生き方は密接である。 これは創作ではない。全て、私の話。 神奈川県産まれ、東京育ち。 とても恵まれてそうなこのプロフィールの影にある多くの事象。 人生とは、一瞬一瞬の積み重ねである。 シナリオは自分で書き、演出も表現を己が行う。 人生とは、自らが作り出した物語なのだろう。 私は幼い頃から父親がいない。 私の幼い頃に両親が離

          生きたいとか死ぬとか生きてるとか

          生きた証もこの時間も

          いつだってそうだった、〇〇〇〇って思う日も、〇〇〇〇って思う日も、いつだっていつだってこの時間だった。 午前4時。「し」の時間。 じゃあ午後4時もそうだって?細かい事はいいじゃないか。 初めて生きた証を体に刻んだのもこの時間だった。 初めて存在する世界を変えようとしたのもこの時間だった。 頭上数メートル、目の前の輪っかはあの世界に飛び込ませてくれる魔法のツール。 あの世界はずっと呼んでいる。叫んでいる。何か、何かを。 体に刻まれたいくつかの生きた証は、何も知らない人間

          生きた証もこの時間も