反芻

「生きていれば」
余りにも長く、とても越えられそうにない夜を越えた先の朝陽は生きて夜を越えた褒美のように私の顔を照らす。
鼻から体内を巡り、体全体を真人間に戻してくれるような朝の澄んだ空気と、汚れながら生きてきた私の体を包み込み、全てを肯定してくれるような優しい日差しはぼろぼろの体に抱き着いて離さない。
頬に当たる風も優しくて、私を迎えてくれているようだ。
夜中にあれだけ泣いたはずなのに目からは自然と涙が零れ、溢れて止まらない。日常なんて、生きる事なんて、人間なんて、学校なんて、職場なんて。全部に私は適応できなかった。
だらだら生きていたって良いことなんてない。この世に生を受けても良いことなんて無かった。でも泣きつかれて、越えてしまった夜の先の朝陽は余りにも優しくて、いつもまた泣いてしまうんだ。夜を越えた先のご褒美はいつもより冷たかった。


今日はいつもと同じ一日を過ごして、いつもと同じ心のいじめ方で、いつもと同じごまかし方で生きてきた。
惰性で電車に揺られ、帰宅後は風呂など入る気にもならないので下着と服だけ着替えベッドに飛び込む。
適当にラジオを聴き、布団に包まりながら眠気が来るのを待つ。いつも一向に眠気は来ず夜中には、生きる事や昨日の嫌な事、明日の事など不安になることばかり考えてしまう。
気が付くと枕は濡れて、とても寝られたものではない。夜は泣くためにある。暗かったら醜い泣き顔は見えないから。


泣きながら夜を過ごしていると、カーテンの隙間から少しずつ光が射してくる。今日も朝まで泣いてしまったなんて今更思わない。いつも通り泣いて、いつも通り生に絶望しているだけなのだから。今日こそは死のうなんて思ったりもするけれど行動に移せたことはない。所詮私は弱い人間なのだ。生きる事に絶望したところで死ぬのは怖い。死にたいけど死ぬのは怖い。ただの我儘で弱い私に死ぬことなどできない。


学生時代、嫌いだった部活の顧問には「お前は意志が弱い」なんて何度も言われ続けた。そんなこと言われなくたって分かっていた、分かっていたのでけれど改めて言われるとまた傷つくのが人間である。
その顧問には「生きていれば強くなれる」なんて言葉で励まし続けられた。
厳しい言葉と優しい言葉、飴と鞭。これはきっと彼なりの飴と鞭だったのだろう。そんな薄い飴と鞭で良い指導者になったつもりの彼の事は心底軽蔑していたし、何度も彼の死を願った。


昨日は彼の葬式だったらしい。久しぶりに彼の事を思い出したのはきっと葬式があると耳にしていたからだろう。死因は交通事故だったらしい。定年間際の59歳にして交通事故で亡くなったらしい。全て人づてに聞いた話なのでどこまでが正解なのか分からない。ただなんにせよ死んだのなら私のとってそれ以上の情報はいらない。


そんな事を考えていると外は陽が上がりきる寸前であった。いつも通り朝の空気と朝焼けに包まれる為にベランダに出る。
数分景色を眺めていると、私の心に一つの光、いや人によっては影であるかもしれない感情が湧き出た。死んでなお、彼を冒涜したい。嫌いな元顧問の彼を冒涜したいという感情が。


彼は私の事を弱いなんて改めて伝えたり、「生きていれば強くなれる」なんて言ったりしていた。
あんたは間違っていると、あなたは死してなお冒涜されるべきだと、私は突きつけたい。
何度も投げかけられた言葉を反芻する。
「弱い」「生きていれば」「弱い」「生きていれば」
私は弱くない、死を持って強さを証明し、死によって完成される人生があっても良いだろう。


「生きていれば。」
余りにも長く、とても越えられそうにない夜を越えた先の朝陽は生きて夜を越えた褒美のように私の顔を照らす。
鼻から体内を巡り、体全体を真人間に戻してくれるような朝の澄んだ空気と、汚れながら生きてきた私の体を包み込み、全てを肯定してくれるような優しい日差しはぼろぼろの体に抱き着いて離さない。
頬に当たる風も優しくて、私を迎えてくれているようだ。
夜中にあれだけ泣いたはずなのに目からは自然と涙が零れ、溢れて止まらない。日常なんて、生きる事なんて、人間なんて、学校なんて、職場なんて。全部に私は適応できなかった。
だらだら生きていたって良いことなんてない。この世に生を受けても良いことなんて無かった。でも泣きつかれて、越えてしまった夜の先の朝陽は余りにも優しくて、いつもまた泣いてしまうんだ。夜を越えた先のご褒美はいつもより冷たかった。


飛び降りている時の風と日差しは何よりも心地よかった。



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