
【創作童話】おもいでボール
ボクはボール。ドッジボールのボールだ。たいいくのじかんややすみじかんやほうかごが、ボクのでばんだ。
またしあいがはじまった。
いつものようにシンジチームとユウタチームにわかれてのたたかいだ。
「きょうはまけないからね」
「こっちこそまけないよ」
シンジとユウタはクラスメイトで、ふたりともドッジボールがすごくじょうずだ。だから、しあいになると、どっちがかつかわからない。
さいしょにシンジがボクをつかんだ。
(ケイスケ、いくぞ! とれるものならとってみろ!)
シンジがこころのなかでさけんだ。ボクには、ボクをさわったひとのこころのこえがきこえてくる。
「うわぁ!」
おおごえをあげながらケイスケがにげだした。でも、シンジがなげるボクのいきおいはすごい。ケイスケはにげきれず、あっというまにボクがぶつかった。
「あーあ」
ケイスケはくやしそうにコートのそとにでていった。
(あんなすごいの、とれっこないじゃないか!)
ぶつかったしゅんかん、ボクにはケイスケのこころのこえがきこえた。
こんどはユウタがボクをもった。そして、ダイキにむかってなげた。
(ダイキ、いくぞ!)
ユウタのこころのこえをききながら、ボクはすごいいきおいでダイキにむかってとんでいく。ダイキはにげきれないとおもったのか、めをつぶったまま、ボクをうけとめようとした。そのときだ。
ダイキのまえにシンジがあらわれてボクをうけとめた。
(そうかんたんにやられてたまるか!)
こころのなかでシンジがさけんだ。
シンジがボクをキャッチすると、ユウタはくやしそうな、それでいてすこしうれしそうなかおをした。
シンジとユウタは、いつもこうやってボクをつかってたたかっている。そんなふたりはいちばんのなかよし、いわゆる ”シン・ユウ” だ。そんなあるひのことだった。
おとうさんのしごとのかんけいで、ユウタがてんこうすることになった。せんせいのはなしでは、ユウタのひっこすばしょは、しょうがくせいがじてんしゃでいけるほどちかくはなかった。
シンジはユウタにむかっていった。
「ひっこすまえに、もいっかいしょうぶしよう!」
「うん、いいよ。そうしよう!」
ユウタはえがおでうなずいた。
そして、てんこうするまえのひ。
クラスみんなでドッジボールをした。シンジチームとユウタチーム、さいごのたたかいだった。
しあいまえ、ふたりはめをあわせていった。
「さいごだからって、わざとまけないたりしないからね」
「もちろん、のぞむところだよ」
そしてしあいがはじまった。それは、いままでにないくらい、すごいたたかいになった。
シンジもユウタも、いつもよりもはるかにすごいスピードでボクをなげていった。ほかのだれも、すごいいきおいのボクをうけとめることなんてできなかった。
だんだんコートのなかにいるにんげんがへっていった。そして、とうとうシンジとユウタだけになった。
さいごのしょうぶ、どっちがかつんだろう?
クラスのみんなだけじゃなく、ボクもドキドキしながらみつめていた。
さいしょにシンジがボクをもった。シンジはボクを、ユウタのむねのどまんなかにむかってなげつけた。
(ゆうちゃん、いままでありがとう)
シンジのこころのこえがきこえた。
ユウタはボクをかんたんにうけとめた。そして、すこしにがわらいしたあとで、おなじように、シンジのむねのどまんなかにボクをなげかえした。
(しんちゃん、こっちこそすごくたのしかったよ)
ユウタのこころのこえがした。
それからもふたりは、おたがいのむねのどまんなかにボクをなげあった。
(とおくにいってもわすれないからね)
(こっちこそ、ぜったいわすれないよ)
(あのときのあおぞら、すっごくきれいだったね)
(うん、あんなのみれて、さいこうだったよね)
(いままでありがとう)
(ぼくのほうこそ。またあおうね)

ふたりがつくるかぜにのって、ボクはなんどもシンジとユウタのむねにとびこんだ。ボクをうけとめてくれるかんしょくは、いままでかんじたことのないきもちよさだった。
そのときのボクは、ドッジボールのボールではなかった。
ボクは、うまれてはじめてキャッチボールのボールになれた。それも、しんゆうどうしの、こころのキャッチボールのボールに。
シンジとユウタ――ふたりのおもいでは、ボクにとってもさいこうのおもいでになった。(おわり)