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墨田区のワクチン接種から考える:保健所について自治体は考え直す時だと思う

以前、こんな記事を書いて、ワクチンと自治体については、小金井市の例を挙げました。

そして、いま最もよくわかる自治体の能力差の目安は、ワクチン接種券の配布かもしれませんね。

この時取り上げた記事でも、墨田区が進んでいることを挙げていました。

その墨田区でなぜ、ワクチン接種が進んでいるかについてインタビューした記事がありました。

コロナ「災害」と闘う自治体職員に共通すること

この記事が超絶おすすめで、頷けることだらけでした。

この記事を読んで思い出したのが、先に挙げた記事の中で小金井市職員が言っていた言葉です。

「すでに決まったことをルール通りしっかり執行する」という、自治体にとって当然の発想に立てば、目的を共有して臨機応変に、という対応にはなりにくいのです。

墨田区の西塚至・同区保健所長の言葉は、この自治体にとって当然の発想を全て裏返したものでした。

都が担当するはずの医療従事者への接種からワクチン接種を開始し、5月には救急車で搬送する消防隊員にいち早く接種し、ワクチン接種券を4月1日に配布しています。

その行動の根底にあるのは、これは「災害」であるということでした。

「定期接種など”平常モード”では、事業開始の直前に接種券をお送りするのが普通です。しかし、今は”危機”。”災害時の頭”で考えると、大事なのは1人でも多くの人が、ワクチンを打つことです。一足早く接種が始まった世田谷区の高齢者施設に、墨田区民が暮らしているかもしれない。他区の施設で働いている区民もいるでしょう。そういう方々が、接種券がないために打ちそびれる、という事態が起きないよう、とにかく接種券だけは早くお配りしよう、と。1人でも2人でも、今居る場所で打って下さい、という思いでした」

最近になって、小池都知事が異常気象による土砂崩れなどと同様の災害であるという発言をしていますが、当初からコロナウイルスの流行について「災害」という意識で臨んだ自治体がどの程度あったでしょう。

同区では昨年1月末の段階から、新型コロナウイルスを新たな「災害」、それも警戒レベル5の最大級の災害ととらえて対応してきた、という。国や東京都では、第5波で重症患者数が過去最高を日々更新する事態になって、ようやく「災害級」という言葉が出てきたのに比べると、危機への向き合い方が異なるように見える。

この危機意識と、災害だからこそ住民が助け合うという下町感の土壌は、隅田川の氾濫と向き合ってきた地域だからと江川さんは書いてますが、こうした区、医師会、住民、議会による危機感の共有が、墨田区の早期のワクチン摂取と万全のコロナ対策を支えていました。

国の指示のままに従わない

そして墨田区には、国から降りてきた指示をそのまま行うのではなく、自分たちの持って居る資源をニーズに合わせて使うという発想があります。

例えば、国が推奨するワクチン接種の方法に対して「否」を呈し、集団接種を実施します。

 やはり、こういうものは集団接種がいい。これは2009年の新型インフルエンザの時の経験でもあります。国がいくら練馬方式(診療所での個別接種をメインに、集団接種で残りをカバーする)を推奨しても、うちはブレずに”危機モード”で対応し、集団接種メインで行くことにしました」

この辺りの思考プロセスは、小金井市の例と似ています。

小金井市では、一般向け接種券(16歳から64歳)は6月14日に郵送しました。基礎疾患等がある方について6月24日に予約を受け付けて7月1日から接種してまいりますが、一部医療機関では基礎疾患がある方等の早期に接種が必要と判断される方への先行接種を始めています。

実行した中身は全く違いますが、それに至ったプロセスが、自分たちが持って居る資源をどう活かすか、それには自治体と医師会と保健所全てが協力するという一体感が、よく似ていると感じます。

墨田区の西塚さんは言います。

「大きい施設はオリンピックに抑えられて使えないなど、条件は厳しく、地域にある資源を最適化して使うしかなかった。でも、それをやってみたら、いろんないいことがあった。特に地元医師会は自分たちが責任をもってやろうと士気が高く、おかげで事故なく、質が高く、長続きしている」

とにかく「なるほど」と思うことばかりなので、少々長いですが元記事をじっくり読んでいただきたい。この話を引き出した江川紹子さんにも素晴らしいジャーナリストだと、久しぶりに感じました。

早め、多め、こまめ

墨田区が行ったのは、早めの準備と多めの想定、そして小まめな対応でした。

接種券を早く配布し、ワクチンもファイザーだけではなくモデルナやアストラゼネカも使う想定をし、職員が必死に厚労省のシステムに入力する。当たり前のようですが、これができていた自治体がどの程度あったでしょう。

墨田区では、3月に公表した「実施計画」で、7月にはアストラゼネカとモデルナのワクチンを導入して、接種を加速させる計画を明らかにしていた。両社のワクチンは、ファイザー社製とは接種の間隔が違い、在庫管理も異なるので、複雑なオペレーションが必要になる。しかし、同区では接種の加速には、ファイザー以外のワクチンも必要になると考え、事前準備をしていた。

この準備が、自治体の中で数少ないモデルナ供給をいち早く受けることにつながります。

さらに、在庫問題でも独自の動きを見せます。

扱いが面倒なワクチン接種記録システム(VRS)は、区職員が残業してこまめに入力。2回分を確保しないと1回目の予約をとれない、という自治体が予約が停止している中、墨田区では西塚保健所長が「在庫は出し惜しみせず、ペースを落とさずに予約や接種を進めて下さい」と、現場に檄を飛ばした。

このVRSが曲者で各自治体で入力に難儀しているようです。保健所と病院の間で情報が行き交わなかったり、入力の遅れで正しい在庫数が把握できなかったり。でも、こまめに入力した墨田区には、在庫がゼロになっても国からワクチン供給の追加を受けるなどメリットもありました。

人を大事にする体制作りが肝

他にも、医療体制やワクチンカクテル療法への対応など、いろいろ話が出てくるのですが、結局、人を大事にしてきたから対応ができたということなのだと感じました。

こうした対応が可能になったのは、1人の保健所職員がいたからだ。検査技師の大橋菜穂子さん。西塚所長が独自の検査実施の方法について頭を悩ませていたところ、大橋さんが「私はPCR検査ができます」と申し出た。

PCR検査ができる保健所職員は、なかなかいないかもしれません。

でもそれはラッキーだったわけではないのです。

「昔は、検便も結核の検査も、水道の検査も、すべて保健所でやっていた。それが次々に民間委託となり、保健所から検査機能が失われ、保健所そのものも減らされてきた。そんな中、商売にはならない蚊の検査を続けてきた検査技師が1人いたおかげで、コロナにも対応できた。本当に、人は大事です。金にならないことをやって、危機に備える。これこそ公衆衛生です」

保健所が減らされ、地域医療が分断された大阪で起きた悲劇を他山の石として、墨田区で起きた場合にどう対応するかを想定して事を進め、地域の人たちに情報発信するためにスマホを自宅でも離さないという西塚保健所長という人がいたことも墨田区にとって幸運だと言えます。

でも保健所が、ここまで重要だと、私たちは意識したことがあったでしょうか。

インタビューの最後に、保健所の仕事について江川さんは、西塚さんに尋ねます。

「いろんな資料を分析しながら、地域の弱みを常にウォッチして、必要な資源を作って供給していく。インテリジェンスとロジスティクスです。墨田区は一貫して、これが公衆衛生を担う保健所の役割と認識してやってきました。私たちは、尾身先生たち専門家が言うことを忠実にやってきただけです。その(提言を実現する)ために必要な資源は用意する。現場の医師たちが『検査をしたい』『患者を入院させたい』と言う時に、ちゃんとできるようにする。これが保健所の仕事です。
資源が足りなければ、作る。たとえば、東京都の検査能力が限られているからと、検査数を絞るのではなく、検査がより多くできるようにしてきました。国や都の対応を言い訳にせず、資源にニーズを合わせるのではなく、ニーズに資源を合わせるんです」

ただ、これは墨田区だけのことではなく、保健所をきちんと活用しようという自治体の決意があれば、まだ回復できるかもしれないと西塚さんは続けます。

「だいぶ減らされたとはいえ、うちに検査技師がいたように、今もまだ保健所には様々なスキルが残っています。その力を、今発揮しないで、いつ発揮するのだ。そんな思いでやっています」

保健所だけに任せるのではなく、自治体や医師会、さらに議会との連携があってこその墨田区の例だとは思いますが、それだけに、自治体が学べる点が多い記事だったと感じました。

保健所大事だねえ。


サポートの意味や意図がまだわかってない感じがありますが、サポートしていただくと、きっと、また次を頑張るだろうと思います。