💗Short：熟れ始めた桃の味＊民家での夕食に誘われて

急いで司書が追いかけてきた。図書館からすでに出ていた。県の図書館から　本が届いているという。いつもは木曜日の午後にならないと到着しない。今日は午前中に届いたという。

引き返して本を受け取る。司書に安堵の表情。本を受け取るとき、指が触れる。司書の手から本が手渡される。

（彼女・・・もう7年になるかな、職についてから）

彼女は学生時代も女子とだけ付き合い、男性が身の回りにはいなかった。年頃になった時、両親も気にかけ、嫁入り先を見つけようとしたが、なかなか縁がなく、ただなんとなく待つ生活になっていた。いつの間にか、適齢期を過ぎようとしている。

（もうこのまま過ぎていくのか・・・）

結婚したい望みはある。しかし、現実に訪れるような気配がない。彼女は逡巡の中にいた。

就職し、職に就いてから、よく利用する男性に気づいていた。ある日、書架の前で本をいくつか本を渉猟しているらしい。配下場所を記した「票カード」を持って棚を探している。彼女はブックトラックを押して書架に本を配架しなおしている。

彼女は彼の傍に屈んで並んだ。ほのかな香りが漂ってくる。彼らは該当の本を探し、同時に見つけた。「本の天」に人差し指を掛けたとき、彼はすでに「本の天」を人差し指で押さえ、本を引き出そうとしていた。彼女の指を制止するような状態になった。彼女はすぐ指を引こうとはしなかった。彼の指の感触は気持ちよく広がっていく。

彼が図書館運営について注文を付けたとき、自分ではなく、後輩に話すのを隣で聞いていた時には、嫉妬のような感情を経験し、自然と強張った表情になってしまっていた。

彼女は彼が好意を持っていることは承知していた。しかし、彼は十分年も取っている。これ以上のことは、彼から誘いに来ることはなさそうだ。

一方で、このまま経験もせず、年を取るのも忍びない思いが高じてきていた。

（彼なら安心できる・・・）

彼女から本に挟んだメモ用紙が渡された。彼は本を彼女から渡されるとき、必ず見てくださいと念を押されていた。「よくご確認ください」彼女の声が心なしか上ずっていた。

＊

メモ紙の約束通り、駐車場に来た。彼女はいつもはパンツを着用し、生成り色のシャツを着こなしている。生成り色のシャツはそのままだが、ひざ丈緩めのスカートを着用して来ていた。

彼女は車を乗り換え、ナビを設定する。スカートが膝上に撓る。ナビの案内に任せて近隣の町にあるカフェに到着した。そのカフェは、週末には、小規模の結婚式を行い、披露宴のパーティーができるといわれていた。行事がないときには、1，2組の客を招くカフェとなっている。

古農家を改造して、民泊も営んでいる。古民家の民泊以外にも、田舎暮らしを楽しむアパートのような４戸建ての建物を２棟建て、経営していた。

物珍し気に周りを見回していると、彼女がこちらだと促す。彼女に促されてカフェに行き、手続きを済ませた。キーを渡された彼女について行く。板戸を開けると、意外にも古臭い匂いはしなかった。上り框（あがりかまち）から板の間に上がった。彼女との距離が近かったためか、彼女の体温が感じられ、そこはかとない香りが漂ってきた。

彼には、彼女とこんなに近くで接することができる喜びがあった。

障子戸を開けると、小さな囲炉裏が組まれ、自在鉤（じざいかぎ）が吊り下げられていた。お茶が用意されていた。

「どうぞ」

彼女は落ち着こうと努力している様子は見えない。自然に落ち着いた物腰だ。もうすでに心は決まっていた。

彼女がお茶を淹れ、促されて、緊張を解くように飲む。お茶を差し出す乳白色の手にはほんのり艶が忍び寄っている。

彼女は自分でも気が付いていた。彼女の身体からは微粒の香気を醸し出し、醸気（じょうき）が漂い始めている。彼女のうなじから微かに噴き出す醸気が満ち、うなじを覆い始めている。

料理が運ばれてきた。季節の野菜がちりばめられているが、量は多くはない。配慮だろうか。互いに料理の感想を語りながら、食事を終えた。

食後のコーヒーを語らいながら飲み終えた。彼女の普段の様子はどんな様子だろう。そこはかとない疑問が浮かんだが、すでに心を決めている彼女にとっては、過程を楽しむ様子が見て取れる。

彼女に促されて立ち上がり、板張りの廊下に並んだ。目の前に、田舎の田んぼと畑が広がっている。日中だが、静かだ。彼女はカーテンを閉めながら、反対側のカーテンを閉めるように促した。障子戸も片方ずつ閉めた。

彼女は障子を閉め終わるのを確認すると、身体の向きを変えながら、手を伸ばしてきた。彼女の手指が絡んで来た。彼女は手指を絡めたまま部屋の中央に引いてある布団に向かう。

彼女は呟くように、囁くように、か細い声で、「お姫様抱っこ」と促す。お姫様抱っこされた彼女の身体を布団の上にソフトに置く。布団がしなり、彼女の身体が絵を描いたように収まる。彼女は目を瞑り、軽い吐息をついた。引力に従った服が彼女の身体の線を隠してはいない。

彼女の左側の布団が撓った。彼女の身体に静かな緊張が走り、やがて弛んだ。

＊

＊

５日後、夕方閉館間際に図書館に県の図書館の受け取りに出向いた。司書がカウンター業務をこなしている。次を待つ利用者もいない。彼女は何気ない表情だが、一か所緊張がゆるんでいる。彼女が頭の中で尋ねる。
「どんな味でした」
何を尋ねられたかは分かる。が、

「熟れ始めた桃の味でした」

彼女は頭の中で反芻していた。やがて次の機会を窺う表情になっていた。

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