16.『下山②~繋がらない電話~』
※念の為、いま一度この時の前提条件を書いておくと、僕は半袖短パンビーチサンダルというふざけた格好、気候は台風九号直撃という状況です。
そして「~らしい」という表現が頻出しますが、あの時は自分達がどういう状況に置かれているのか知るすべが無かった為、全部憶測で判断して行動するしかなかったのです。
では前回からの続きを。
帰りのバスへ乗る為の長蛇の列を見て乗車を諦めた僕達。取り敢えず杉内のおじさんと連絡を取る為、バス停から再び公衆電話があるライブ会場へ向けて歩き始めた。
途中、救護室のような場所の横を通った。何だか凄く騒がしい。覗いてみると、かなりの人達が運び込まれているようだ。やはりこの状況に耐えきれなかった人達が大勢出てきてしまったのだろう。深く考えると僕たちもまいってしまいそうだったので、無視して進む。
人がまばらになり始めていたライブ会場は、どこを見渡しても凄まじい量のゴミが散乱している。その上をビーサンで踏みしめる度、足首位まで泥水が上がってくる。
ようやく公衆電話にたどり着いて、再び驚いた。そこには黒山の人だかりが出来ているではないか!僕達と同じように仲間とはぐれた人達が、皆何とか連絡をつけようとこの場所に駆け込んで来ていたのだ。その人だかりを見た時、今まで必死に我慢していた疲れがどっと押し寄せてきた。
「おい、ここもかよ。これじゃあ電話が掛けられるまで何分待たなくちゃいけないんだ。もう一刻も早く眠りたい。無駄な時間は一秒でも我慢できないよ…」
しかしそんな事を言っても始まらない。電話を諦めるという事は、何の保証もないまま再びあのバス発着所まで戻るという事なのだ。せめて今後の目途だけでも立てば、精神的な負担は解消される。
仕方なく列の最後尾に並ぶ。地獄だ。ライブ中もセッティングの時間がきつかったが、暴風雨に曝されている時に一番辛いのは何もせずただ立っている時間なのだ。恐らく実際に並んだのは数十分くらいだろうが、あの時の僕達には永遠にも感じられた。
ようやく僕たちの番が廻ってきた。早速杉内が番号を押すが…繋がらない。もう一度…繋がらない。山中で電波が弱かったのか、大勢の人が一か所で集中的に電話を利用しているからなのか。理由は分からないが、とにかく繋がらない。物凄い絶望感に襲われる。後ろで順番を待つ人がイライラし始めている。でもそんな事は気にしていられない。再び掛ける。
「お客様のお掛けになった番号は、電波の届かない所に…」
駄目だ。さすがに後ろの人のプレッシャーに耐えられずその場を去ることにする。 僕と杉内、どちらからともなく再びバス発着所にトボトボと歩き出す。行ってみたところで、どう考えてもバスには乗れないだろう。しかし他に行く場所もないのだ。
僕達と同じようにどうしてよいか分からない人達が、会場中に大勢いる。ゴミの山の中で泥まみれの毛布にくるまって座り込んでいる人達は生きているのだろうか?そんな事を本気で心配してしまうほど、会場は悲惨な光景だ。
ステージの真ん前を通ってみて驚いた。ずぶ濡れになった人達が大勢、ステージ上に力なく倒れこんでいる。どうやらもう帰る体力を失ってしまった人達が、緊急処置としてステージ上で休んでいるらしい。救護室はもう満杯で、この人達を収容するスペースがなくなってしまったようだ。ステージには屋根はあるのだが、そんなものが全く意味をなさない程強い雨がステージ上の人達に吹き付けている。それでも地面にいるよりはまだマシ、という主催者の判断なのだろう。
数々の力強いライブが幾つも繰り広げられたこのステージは、ついさっきまで神聖な場所にさえ見えていた。だが今はどうだろう?近寄るのもためらわれるような、地獄絵図と化している。もうどこを見渡しても悲惨な光景しか目に入らない。
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