見出し画像

ユンディ・リとジェイン・オースティン、ピアノ再開組のモーツァルト

ピアノ再開組について、

最初はユンディ・リです。

その後に、ジェイン・オースティン。

2024年1月9日、武蔵野市民文化会館でユンディ・リのピアノ・リサイタルを聴いてきました。

リサイタルが行われた武蔵野市民文化会館大ホールはJR三鷹駅から徒歩13分、客席数1,252の多目的ホール。

ユンディ・リは中国出身のピアニスト、2000年のショパンコンクール第1位、ピアノの演奏活動を一時期中断しますが、2023年から活動再開「ショパンが本当に愛した音楽はモーツァルト」という考えのもと、モーツァルト・ソナタ・プロジェクトとしてモーツァルト作品に取り組み、CDを発売し、世界ツアーを行い、好評を得て今回の追加公演となります。

プログラムはCDと同じ内容で、モーツァルトのピアノ・ソナタ第11番トルコ行進曲付き、ピアノ・ソナタ第8番、休憩、幻想曲ハ短調とピアノ・ソナタ 第14番、アンコールはショパンのノクターン第2番。

会場を見渡したところ、(他のピアノ・リサイタルに比べて)ピアノ初心者が多いかもしれない、中国系の方々も多いかもしれない、というように感じました。

主催者側もそれを把握していたのか、会場のアナウンスも、ふだんなら日本語と英語のところ日本語と中国語だったり、アナウンスの内容も「曲間の拍手はなし・・・完全に演奏が終わってから拍手を・・・」とクラシック音楽に馴染んでいる方々にとっては常識と思えるようなこともやさしく丁寧に案内されていたり、というリサイタルです。

開演時間となり、タキシード姿でステージに現れたユンディ・リはスタインウェイのピアノへ向かい、挨拶の後、イスに座り。

ピアノのイスが、めずらしいことに背もたれ付きで、深々と座り、前のめりにならず、リラックスしているかのように、重心やや後ろ気味の姿勢から力を抜いた状態で、かるく弾き始めます。かろやかです。

小さい音はより小さく、でも聴こえなくなることはなく、大きい音はより大きく、でも音割れすることはなく、いい演奏でした。

ひとつ、CDやYoutube動画ではわからない、リサイタルでの特徴をお伝えするならばリズミカルな演奏場面で、ユンディ・リの足音が聞こえることです。ペダル操作が力強いのです。決してノイジーではなく、スキップしているような、いい感じの効果音です。

アンコールのショパンのノクターンまで、お見事でした。

最後、カーテンコールを何度か繰り返し、熱烈なファンがステージ上のユンディ・リへ花束などを手渡して終了。

さて、私がユンディ・リのモーツァルト演奏を聴きながら、ぼんやりと考えていたことは、ジェイン・オースティン(1775-1817)も、モーツァルト(1756-1791)のピアノ曲が演奏されるのを聴いただろうか?ということです。

というのも、演奏会の前にニューヨーク・タイムズ電子版が、旅行先として「2025年に行くべき52カ所」を発表したというニュースを目にしまして、

行くべき52カ所のトップがジェイン・オースティン生誕250年のイギリス南部と、知ったばかりだったのです。

ジェイン・オースティンといえば、「分別と多感」「高慢と偏見」「エマ」「説得」などの小説が有名で、その中で、音楽に関する記述が多いことが特徴のひとつ。

例えば、楽器を所有する、演奏ができる、ということで生活の余裕とか、教養のレベルとかを言い表したりします。このことは、二百年以上前にもかかわらず、今の私達の生活と同様の価値観だと思います。

ということを踏まえ、ジェイン・オースティンが、いったいどれくらい音楽に詳しかったのか、そして、自分で演奏もできたのか、同時代に活躍していたモーツァルトの曲を聴いたのだろうか、そういう音楽面について、疑問に思ったことを少し調べてみました。

ジェイン・オースティンは1775年生まれ(モーツァルトは1776年生まれ)、イギリス南部の片田舎で、父親が牧師をしていた裕福な家庭に生まれ、1786年に学校教育が終わり、その後、家族がピアノを購入したのを機にウィンチェスター大聖堂のオルガン奏者(ジョージ・ウィリアム・チャード)からピアノを習うことになります。

習った期間は少なくとも10年くらいで、その間に知人から送られた五線譜本(五線譜が印刷されて音符の書かれていないハードカバーの本)に数々のピアノ曲、歌曲を模写します。ほんの少しですが、自分で作曲した曲もあるようです。

ジェイン・オースティンズハウス博物館のサイトで、手書きの楽譜が公開されているのでリンクします。

その後、引越しなどで一時期、ピアノや楽譜を手放すこともあったようですが、35歳頃に再び自分の楽器を手に入れ、毎日、朝食前にピアノの練習をしたそうです。

さて、実際に、ジェイン・オースティンの音楽コレクションの内容はどういったものかというと。当時の演奏や歌を再現した動画があったので、リンクします。ジェイン・オースティンの音楽の好み、ピアノ演奏の技量が想像できます。

再生時間6分半の動画です。(詳しい解説はこちら


ジェイン・オースティンの音楽面について研究は細々と続けられていて、英国の18世紀の終わりから19世紀にかけて、音楽家以外の庶民が、どういう音楽を好んでいたのか、演奏していたのか、それを知る上で自分の演奏した楽曲を写譜していたジェイン・オースティンの資料は、とても貴重なのだそうです。

その貴重なジェイン・オースティンが写譜した本は、3冊か4冊(オースティンファミリーとしては十数冊)残っているそうです。ただし、音符と歌詞のみ。写譜はするけど、タイトルと作者の記述はなし。

そういえば、ジェイン・オースティン自身の小説も、当初は「By a Lady」(ある婦人著)として出版したそうですし。著作者を重視していなかったのかもしれません。

そういうわけで、楽譜のみ残っていても、曲名、作曲者が分かりにくかったのが、近年のデジタル技術の発展により徐々に判明してきて。

どのような作曲家の作品を写譜していたかというと、

写譜した曲数が多いのはチャールズ・ディブディン(1745-1814)

サウサンプトン大学とジェーン・オースティン・ハウス博物館によりチャールズ・ディブディンの楽曲「The soldier’s adieu」演奏動画が公開されていたのでリンクします。最後まで聴くと5分半の曲です。

チャールズ・ディブディンよりも、もっと、よく知られている作曲家を挙げると。

ハイドン(1732-1809)、J.S.バッハの末っ子のヨハン・クリスティアン・バッハ(1735-1782)ヘンデル(1685-1759)トマス・アーン(1710-1778)などの曲を写譜していたようです。

残念ながらベートーヴェン(1770-1827)の曲はなし。

ジェイン・オースティンの音楽の好みは、古典派や、当時の流行歌、民謡などだそうで、ベートーヴェンのような新しい音楽は好みではなかったようです。

そして、

ジェイン・オースティンはモーツァルトの曲も写譜していました。

曲目は、

  • オペラ・フィガロの結婚ピアノソロアレンジ凝縮バージョン。

  • オペラ・皇帝ティートの慈悲から二重唱。

  • 短いワルツを2曲。

モーツァルトの曲を楽しみ、自ら演奏もしていたようです。

感慨深いです。



2年前、
40歳でピアノの活動を再開した
ユンディ・リ。

215〜6年前、
34〜5歳頃でピアノの練習を再開した
ジェイン・オースティン。

モーツァルトでつながっています。



読んでいただき、ありがとうございます。

いいなと思ったら応援しよう!