白昼百物語 十話目~影と手とモーゼの墓
母から聞いた話をいくつか。
桜のころ、母は父と二人で桜並木の川沿いを歩いていた。影がどんどん長くなるような時間帯である。桜のころであるから同じように歩いている人はそれなりに多かった。父は歩くのが早く、母は遅い。若いころなら父は母に合わせたのかもしれないが、今は母を気にせずどんどん前へ行ってしまうし、母も無理に追いつこうとしない。しばらくするともう無関係の二人のように離れて歩いている。そんなとき、母の目に子供の影が映った。二つ結びにした女の子である。後ろを振り向くが、それらしい子供はいない。もう一度前を向いて歩き出すと、やはり子供の影が見える。しかし同じように周囲にはそれらしい影の主はいない。それが何度か続いて、結局影の主は見つけられないまま、折り返してきた父と合流して家に帰った。
父が運転する車の助手席に母は座っていた。前を走っている車の窓から子供の手が突き出て、手をふるようにふらふらと動いている。走行中の車から手を出すのは危ない。母は苦々しく思っていると、それに気がついているのかいないのか、父はその車を追い越すために右車線に移って、前の車を追い越した。その追い越すタイミングで母は手が出ていた車をちらりとのぞいた。そこには運転席に若い男の人。助手席に若い女の人。そして後ろの窓は閉まったままで、後部座席には誰もいなかった。追い越してバックミラーを覗くと、やはりその手は車からひらひらと手を振っていた。
どれくらい知られている話なのかわからないが、能登の宝達清水町にモーゼの墓がある。そう、あの十戒のモーゼである。伝説によると、モーゼはシナイ山に登ったあと、天浮舟にのって宝達に来て、583歳の天寿を全うしたとのことだ。そこに母が行ったとき、ずっとまつげのあたりにきらきらとしたものがまとわりついていたとのことだ。
全てそれだけの話である。