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 今どき辻斬りが出るという。
 わざわざ街の繁華な通りで、さぁっと斬ってしまうらしい。使うのは大きな太刀で、通りがかりの誰かを半分にしてしまうという。
 人を殺せば死体が残るはずだが、何故だか亡骸のことは話題にならなかった。どこの誰が斬られたのかも分からなかったから、初めは可笑しい噂と思うだけだったが、一部始終を目撃した者がいないというのに、中身が詰まった噂がそこかしこに流れて、巷が浮き足だった。私も夜道が気になり出した。
 梅雨の終わりに、家の近くで懐かしい人と偶然会って、夕食をともにした。
 どんよりしたお天気が続いていて、気分もふさぎがちだったので、しばらくぶりの愉快な時間であったが、夜がふけて会話も途切れ途切れになってくると、その場しのぎに辻斬りの話になったから、嫌というわけではないが、楽しくはなくなった。
 その人が今夜は危ないと言うので、何故ですと私は聞き返した。
 いや、今日は高田馬場に出ると聞きました。あなた、近くに住んでいるから、用心しないと。
 それで直ぐお開きになって、私はそのまままっすぐ帰った。私の家が早稲田にあるものだから、気を遣ってくれたに違いないが、それは体裁上のことで、腹の底では怖いのだろうと穿って考えることもできた。
 風呂に入って、寝床に潜り込んでから、取り止めもないことを考えていたが、最後はどうしても辻斬りに逢着する。よくよく顧みれば、私だってやっぱり怖いらしい。
 何がどう怖いということもないが、自分が斬り殺されるかもしれないから、怖がっているのではなかった。
 怖いから寝付けなくなって、怖気付いているから正体を見てやろうと思った。それで、改めて外に出た。
 高田馬場の駅前に来てみると、巨大な火の中で、焚き木が弾け続けているような騒ぎであった。
 歩道に人がぎゅうぎゅう詰めである。声だけは快活なくせして皆神妙な顔つきで、私と似たような思いつきの連中であることは間違いなかった。
 騒ぎを聞きつけた警官隊がぞろぞろやって来て、あたりを鎮めようとしたが、今日は辻斬りは出ませんと不用意なことを言うものだから、犯人が分かっているのかとか、辻斬りの正体は警察かとか、野次馬が束になって食ってかかるので、収拾がつかなくなった。
 身動きできないほど人混みが引き締まってきて、そこに緩やかな流れがあるものだから、私も連れ去られて、どこに行くのやら自分でも分からない。
 鉄が一気ににひしゃげるような叫び声が聞こえたので、その方を見たら、白い服の子供が地べたに這いつくばって、斬られた斬られたと泣いていたが、流れに押されてそのうち見えなくなった。

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