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【小説】ヒノチの目覚め#4

 


まさに本の海とも呼ぶべき広大な図書館をエリケはのんびりと散策していた。
 なんとなく興味を引かれる背表紙の本を引き出しタイトルを読む。

「日本の神話の本…か」

 それは日本の神話をベースに書かれた小説らしい。
 本を開いてパラパラめくり挿絵などを数枚見てから本を閉じた。
 エリケは閉じた本を放り投げる。
 本は空中で霧散し元あった本棚へと戻った。
 散策を再開し、同じように興味を引かれた本を抜き出しては少し読んで放り投げる。もしくは自分に追従しているカートに載せる。
 カートに載せた本は後で読むつもりの本だ。カートに載せるとブックマークがついて自分のライブラリに追加される仕組みになっている。

 この図書館はバーチャル空間だ。電子上に作成された疑似図書館で、主に著作権の切れた本が収集されている。
 現行法においては本の著作権は本の出版もしくは公開から20年となっているらしい。図書館の入口に利用規約として表示されていた。
 ずっと昔にはもっと長い期間だったようだが度重なる法改正で今はそうなっているらしい。エリケにとってはどうでもいい事なので特にくわしく知りたいとは思わなかったが。
 この図書館の蔵書数は100億冊ほどのようだ。
 何故こんなに多くの蔵書が未開の星にあるのかといえば緊急用テラフォーミング装置の中に収納されていたとの事だ。
 宇宙を漂流した人の精神安定の為の娯楽アイテムとして、テラフォーミング装置の開発会社が装置の中に組み込んだのだろう。
 100億冊の本など一生をかけても読むことなどできないだろうが。

 このバーチャル空間は半感覚投入型で実際のエリケはリビングのソファに座った状態だ。全覚投入できない分たまにエリケ本体の平衡感覚や背中に感じるソファの感覚などによって感覚不良が起こり視界に波打つようなノイズが走った。
 ある程度の本を集めたエリケは喉が渇いたので図書館からログアウトし、感覚投入を切った。
 視界が暗くなったので目を開ける。
 自身のこめかみからVR用の電極が離れていき、カロンの躯体の装置に収納された。
 カロンはVR装置の中継機能を持っていて、サーバーの情報を無線で送受信できるのだ。

「お疲れ様です。心身にご不快はありませんか?」

 カロンの質問には答えずエリケはそばに置いてあったアルコール飲料のグラスをあおった。
 救助の来ない未開惑星にたった二人で閉じ込められて絶望しかけたエリケだが、VR用のソフトウエアは他にも沢山インストールされていて、暇を持て余す事はなさそうだと安堵感と満足感を得ていた。

「カロン。このテラフォーミング装置の想定収容人数と耐用年数はどのくらい?」
「想定収容人数は20~30名。想定耐用年数は150~400年です」

 カロンの返答にエリケは満足そうに一つうなずく。どうやら自分の生存に関する心配はしなくてもよさそうだ。
 ナギザとの関係性や彼の動向にだけ注意を払っておけば大丈夫だろう。
 ナギザはエリケに好きなように過ごして良いと言っていた。ならば好きなように過ごすことにしよう。
 エリケはグラスに残っていたアルコール飲料を飲み干した。
 ソファに体を埋めるとアルコールの影響か軽い眠気がした。
 まだ夕食までには時間がありそうだ、昼寝でもするかと立ち上がり自室へと歩く。
 部屋の前で振り向くと、まだカロンはリビングだった。エリケの後を必死に追いかけている。
 生体認証装置のロックがついた扉をカロンが開けられるわけもないので、エリケは若干イライラしながらもカロンの到着を待った。
 あいかわらずの移動速度の遅さ、それにやはり途中でガタリと揺れる。サスペンションのような衝撃を吸収する機構が搭載されていないのだろうか。
 ようやくカロンが追いついたのでエリケはドアを開ける。

「さっさと入りなさい」
「かしこまりました」

 のろのろと移動するカロンに嫌気がさしてエリケは後ろから足でカロンを部屋の中に押しやった。
 自分も部屋に入りベッドにダイヴする。


「――さま…エリケさま」

 カロンの声でエリケは目覚めた。

「御夕食のお時間です」

 エリケはベッドの上でぐっと体を伸ばし、弾みをつけて起き上がる。
 若干の頭痛を感じるがよく眠れたようだ。
 夕食の為にリビングに向かう事にする。
 部屋に入る時と違ってカロンを待ってやる必要はない。
 エリケの脳にある知識によれば、部屋のドアは手動で閉じなければ1分後に自動的に閉まり、障害物があれば閉まらない。
 エリケが部屋を出て行けばカロンは自力でドアを通過できる。
 エリケがダイニングテーブルに着く頃にはようやくカロンが部屋を出る所だった。
 すでにナギザは席についていた。

「やあ」
「どうも」

 エリケも席についた。
 夕食のメイン料理はチキンソテーのようだ。もちろん合成食品だ。人類が合成以外の肉を食用に用いなくなって久しい。エリケはチキンのオリジナルである鶏の姿を思い浮かべようとしたが、あいにくと脳内に鶏の記憶は存在しないようだった。

「さあ食べよう」

 ナギザが取り分け用のスプーンを持って大皿から自身の皿に料理をよそっている。エリケもそれにならった。
 料理を皿に盛りつける作業にエリケは不満を持つ。
 料理提供機器をなぜ初めから各人の皿に盛りつけておく設定にしないのかと。
 いちいち大皿から自分の皿に料理を盛るのは面倒だし、ナギザと同じ皿の物を共有するのは気持ちが悪い。
 ナギザに料理の盛り付けについて提案してみようか、と思案する。しかし逆鱗に触れる可能性もある。
 エリケが悶々としながらチキンにフォークを刺して口に運ぶ寸前、背後からガタンと音がした。
 反射的に振り返るとカロンがようやくリビングに到達した所であった。

「今日の午後からはVRで遊んでいたのかい?」

 ナギザの質問にエリケは視線を前に戻す。
 ナギザがそれを知っているという事はサーバーの履歴を見たのだろう。

「図書館で面白い本を見つけたかい?」
「まあ多少は」

 正直、酒に酔っていたのでどんな本を見繕ったのかほとんど覚えていない。図書館の本について話題にされても困るなと思う。
 というよりも単純に食事中にナギザと会話をしたいと思えなかった。

「……………」

 わざわざ図書館の事について言及してきた割にナギザはそれ以上は話を振ってくる事はなかった。
 少し身構えていたエリケは拍子抜けして食事を続ける事にする。

 

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 この物語はフィクションです。
 実在する名称、テクノロジー等とは一切関係がありません。



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