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【小説】ヒノチの目覚め#2


「さあ、そろそろ部屋をでてみようか」

 ベッドの上で脚をマッサージしていたエリケにナギザが言った。
 リハビリの甲斐あって、ある程度動けるようになったエリケは目覚めてから3日目の正午前に部屋を出てみる事にした。
 ベッドから立ち上がる時ナギザが手を差し伸べてきたが、エリケはそれを断り自力で立ち上がった。

「ドアの横のパネルは生体認証装置になっているんだ。触れてごらん」

 エリケがパネルに触れるとドアは横にスライドして開く。

「どのドアも君は開くことができるけど、危険な場所もあるから見知らぬ場所に勝手に入らないように、約束してほしい」

 ナギザが柔和な顔に真剣みを帯びさせてエリケの顔を真っすぐに見て念を押す。

「約束してくれるね?」
「…わかった」

 エリケはこんな約束には何の意味もないと思いつつも、とりあえずは同意を示した。そんな事よりも早く部屋の外の様子を見てみたいのだ。
 カロンはここが地球ではないと言っていた。一体どんな惑星なのだろうか?
 エリケはワクワクとした好奇心を押さえきれずドアから出て辺りを見回した。
 ドアの外は廊下だった。
 エリケがいた部屋と同じで床は木質調に見せかけた少し弾力のある素材。壁は乳白色で、見た目の質感は異なるが床と同じ材質のようだった。
 廊下の壁にはエリケの部屋を含めドアが4つ。左の突き当りはドアがあり、かつ右に折れている。右の突き当りは仕切りが無く別の部屋に通じているようだ。

 「こっちがリビングだよ」

 ナギザは右側へとエリケを誘導する。特に拒否する理由もないのでエリケはそれに追従した。
 ナギザはリビングと言ったが、そこはキッチンとダイニングとリビングが一体になった部屋だった。
 どうやらこの建物は民家のようである。
 キッチンは前時代的なレトロな仕様になっていて目を引く。食品を加熱調理する装置や、流水装置の受け皿部分は下に大きくへこんでいる。
 自分の記憶に寄ればずっと昔にはそのへこんだ所で食器を洗浄していたらしい。しかも手動で。
 恐らく加熱調理装置(エリケはその装置が何という名称か知らない)も流水装置周辺の形状も飾りとしてつけられた物だろう。誰の趣味でこうなっているのか知らないがアンティーク趣味の人が設計したのだろう。
 そういったアンティーク風のインテリアを邪魔しないように実用性のある装置もきちんと設置してある。
 悪くない趣味だとエリケは感じた。少なくとも自分は嫌いではない。

「こちらにおいで」

 インテリアに感じ入っていたエリケにナギザが声をかける。リビングの掃き出し窓を開けて外から手招きしている。
 ナギザの導きにしたがい外に出たエリケは屋外の様子が自分が思っていた物ではない事に驚いた。
 エリケとナギザが出てきた家以外に民家らしきものは一軒もない。
 家の周辺にはなんらかの生産工場らしきものや装置がいくつか。
 さらに外側には半透明のドーム状のものがあり、家や工場を包み込み外界と内側を遮断している。
 ドームの外側は赤褐色の荒れた大地が広がっており草木のような植物は見当たらない。
 空もくすんだ色合いでドーム越しに恒星の輝きが見て取れる。
 ここが地球ではないとカロンから聞いていたエリケは、ここが人類が新たに開拓した植民星だと思っていた。人類が新しい一歩を踏み出した希望の星だと。
 しかしこれはどういう事か。これは…これではまるで…。

「このドーム内は局地型緊急用テラフォーミング装置によって少数の人類が生存可能な環境に整えられているんだ。ドームの外は生命活動を維持できるような環境ではないので絶対に外に出ないように」

 狼狽するエリケにナギザが淡々と周囲の状況を説明していく。

「もちろん生産工場にも危険な所があるから勝手に入らないように。あちらは電力の生産。あちらは食料の生産をしている」
「…あの、人…他の人は…?」

 なんとか声を絞り出したエリケをナギザは振り返って無感情な顔で見た。

「この星に僕と君以外の人型生物はいない。僕と妻のエリケは植民星移民運搬星間船の乗員だった。航行中に船が大破、脱出ポットで避難できたのは僕とエリケだけだった」
「そ、そんな…。でも救助は!?」
「…救助は来ない。不時着の衝撃で緊急信号用ビーコンが壊れたんだ。壊れた箇所にはここでは再現不能の部品があった」
「…じゃあ…私はずっとここにいなきゃならないの…?」

 独り言のようにつぶやいたエリケにナギザは柔和な笑みを浮かべる。何故かエリケはその顔をみて余計に不安な気持ちが湧き上がってきた。

「妻のエリケが死んで、僕は一人きりになった。孤独に耐えきれなくなって君を作ったんだよ。ほら、ごらん」

 ナギザは家の庭にあたる部分を指さす。そこにはひっそりと3つの墓標らしきものがあった。

「エリケと娘の墓だ」
「娘さんがいたの?」
「そうさ。娘はエリケより前に死んでしまったんだ。原因不明の病でね。多分この星固有の風土病だろう」

 墓は3つ。つまりナギザは妻と娘を二人亡くしたのだ。そして独りきりになった…。
 エリケは急にナギザに憐憫の情が湧いた。確かにこんな場所で独りきりになれば妻に似せた人造人間も作り出すだろうと納得した。

「こんな環境に作り出してしまって君には申し訳ない事をしたとは思っている。だけどもしかしたら緊急信号用ビーコンを修理できるかもしれないし、希望は捨てずに僕と二人で暮らしていこう」

 ナギザがエリケに手を差し出す。その手を取れという意味だ。エリケはできればその手を握りたくはないと思った。
 しかし反抗的な態度をとればナギザに殺されてしまうかもしれない。守ってくれる人も法律もないのだ。
 そして彼はまた新しいエリケを作るだろう。
 エリケはナギザの手を取った。ひんやりとした手だった。
 手を握られたナギザはホッとした表情を浮かべる。

「さあ、昼食にしようか」

 家へ歩き出したナギザの後を、1拍遅れてエリケはついていくのだった。

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 この物語はフィクションです。
 実在する名称、テクノロジー等とは一切関係がありません。



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