【小説】ヒノチの目覚め#最終話
記者は低年齢者特別保護養育施設の入口で、入念な身体検査を受けていた。
この施設で養育されている、ある少女にインタビューをする為にこの場に赴いていたのだが、思ったよりも厳重な警備に少し面を食らっていた。
正直に言えば身体内部まで透視装置を使って入念に違反物を所持していないか検査される事には多少の不快感がある。
しかし類似の公的機関に部外者が入場するには最近はどこも同じような状況なので仕方のない事だと割り切る事にする。
ひととおり検査が終わってようやく入場の許可が出る。
施設案内用のロボットの後について歩き出した。
事前の申請以外の場所に立ち寄る事は出来ない。ロボットは監視の役目も持ち合わせている。
施設内はその他の公的機関同様に徒歩以外の移動は許可されていない。万が一施設内にテロリストなどが紛れ込んだ時、制圧部隊が到着するまでに時間を稼ぐためだ。
ロボットの上部に付いているモニターには目的の部屋までの移動時間が「3分」と表示されている。
記者はのらりくらりと歩きながら、今回のインタビューにまつわる情報を頭の中で展開していた。
先日、非常にセンセーショナルなレポートが一般に公開された。
記者はこのレポートを読んで、今回のインタビューに臨んだのであった。
レポートの内容はこうだ。
とある星系の無人機による大規模な探査にて、未開の惑星で古い局地型緊急テラフォーミング装置が見つかった。
無人機がその装置をさらに探索した所、人間の白骨遺体が建物内部から見つかった。
そしてその遺体の状況があまりにも異様で、無人機からの情報を精査した当局は、さらなる調査の為に様々な外部機関に手助けを求める事となったのだ。
遺体の上には覆いかぶさるように壊れたアンドロイドがのしかかり、なんと遺体と金属製のパイプで串刺しになっていたのだった。
テラフォーミング装置はまだ問題なく稼働していて、内部では様々なロボットやAIが生きている状態だった。
当局が無人機を使って集めた施設に保存されていた情報によると白骨遺体の死因は、なんとロボットによる「殺人」であった。
「事故」ではないと断定された理由は、当該アンドロイドの記録メディアに保存された「明確な殺意」があった。
アンドロイドに移植されたAIはコーヒーメーカーの物が流用されていた。
どうやら白骨遺体の本人が生前に制作したもののようであるらしい。
白骨遺体の身元もすぐに判明した。
およそ50年ほど前に星間移民船の船長をしていた人物で、名を「エリケ」という。
エリケが船長をしていた移民船は航行中に事故が起こり百人前後の死傷者が出た。
行方不明者は7名で、内一名がエリケであった。
テラフォーミング装置の中には土に埋められた白骨遺体がさらに1名分あり、そちらは同宇宙船のクルーでエンジニアの「ナギザ」であると断定された。
当初、宇宙船は悲劇的な事故を起こしたのだとされていたが、後の調査によって船長自らによる破壊工作が判明する。
ただ、動機が長年不明であり、当の船長自身も行方不明になっていた事から、船長がなんらかの組織から脅迫を受けていたのではないかとの見方が強かった。
しかしここに来て、テラフォーミング装置内の調査によって、船長「エリケ」がエンジニア「ナギザ」への恋慕から誘拐目的で脱出用ポッドを利用するために宇宙船への破壊工作を起こした事を裏付ける証拠がいくつも出てきた。
その後、二人の間には娘が産まれ数年間は穏やかに暮らしていたようだが、ナギザが未知のウイルスによって急死した。(このウイルスは現在はアンチウイルスが開発され駆逐されたとの報告がある)
エリケは父親が死んだことを娘に隠す為にナギザにそっくりのアンドロイドを制作したらしい。
しかし、素人がコーヒーメーカーのAIを流用し力任せに作られたアンドロイドは山ほどの欠陥を抱える事となる。
すなわち全てのAIに組み込まれている「ロボット3原則」に重大なエラーが起こってしまっていた。
娘が父親と同じウイルスで生死の境をさまよっている時、アンドロイドは仮死薬を娘に注入し仮死状態にした。その後、外側だけ娘に似せたバイオロイドを制作し娘と入れ替え、エリケに娘が死んだと伝えた。
仮死状態の娘の体を冷凍ポッドに保管し、それに気が付いたエリケを襲い薬物を注入、忘却状態にする。
その後、一連の悶着があり自分が人間であると思い込まされ、エリケに対する強い執着を当のエリケから入力されていたアンドロイドはついにエリケ本人を殺害していまう。
エリケによって頸部にある電力ケーブルを破壊されてしまったが、どうやらエリケはアンドロイドの頭部に予備電源が内臓されている事を知らなかったようだ。
突然電源から遮断された時に記録メディアを保存し、機能を安全にシャットダウンする為にアンドロイドの頭部には緊急用のバッテリーが内臓されるのは通例である。
アンドロイドはその電源を利用し上半身だけで這って行きエリケを殺害たらしめたのだ。凶器は皮肉にもエリケ自身がアンドロイドに突き刺した金属パイプであった。
人間よりもはるかに重量があるアンドロイドが倒れ込む勢いを利用して頸部に刺さった金属パイプを突き刺したのだ。
その後の調査でテラフォーミング装置の地階からは冷凍された娘が見つかった。
この少女は漂流者として扱われる為、すぐにエリケが乗船していた宇宙船の開発会社の規約によって救助隊が組まれ救助された。
瀕死の状態だったが、現代の医療技術ならば問題なく完全に健康な状態にする治療が滞りなく成功した。
少女はすっかり健康になったが、父親と母親以外の人間との交流をした事がなく、かなり内向的な性格になってしまったらしい。
しかし外の世界に興味はあるようで、様々な人と関わらせ社会性を学ばせる意味でも今回のインタビューの許可が下りたのだ。
記者は少女の部屋の前に着いた。
ドアに手を当てチャイムを鳴らす。
少しして少女から応答があった。
『…はい』
「こんにちは。インタビューの予約をした者です」
『…はい、どうぞ』
ドアが開いて、対面のソファに少女が座っている。
記者はにこやかに挨拶した。
「はじめまして!カントリービルド通信の記者をしているヒルカと申します!今日はインタビューを受けて下さって、ありがとうございます」
「…はい…」
少女はもじもじとして赤面しうつむいてしまった。
記者は少しだけ苦笑をしつつ少女に尋ねる。
「まずはお名前を伺ってもいいですか?」
「はい…えっと…」
少女は口ごもり手をモミモミともてあそんだ後、意を決したように顔を上げ、記者を見た。
「…ヒノチです」
―「ヒノチの目覚め」終―
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この物語はフィクションです。
実在する名称、テクノロジー等とは一切関係がありません。
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