【小説】ヒノチの目覚め#3
リビングに飾られたフォトフレームをエリケは眺めていた。
そのフォトフレームはかなりの旧式で静止画だけが次から次へと切り替わっていくタイプのものだ。もしかしたら既製品ではなくナギザかエリケの自作品かもしれない。
静止画には4人の人物が映し出されている。
1人はナギザ。
それに鏡で見た自分にそっくりな顔の成人女性。これは自分の元となったオリジナルのエリケだろう。
それに少女が二人。
赤ん坊の静止画は無く、3歳くらいの幼児から6歳くらいの大きさの子供まで、映像はランダムに移り変わっていく。
恐らく赤ん坊の頃は撮影機器がなく撮影できなかったのだろう。どの画像も画質はそれなりで、完全に平面画で立体的な描写ができていない。間に合わせの資材で撮影機器を作った為あまり高機能な機器ではなかったと思われる。動画も無いようだ。
どの画像にも右下すみに番号が振ってある。撮影順の連番だろう。
一番最新と思われる画像にエリケと少女が二人写っている。
微笑んだエリケと無表情な少女が二人。椅子に座った6歳くらいの子が3歳くらいの子を膝にのせている。
一番古いと思われる画像には幼児を抱いたナギザが写っている。
撮影機器のほうを向いて少しだけ微笑んでいるが、表情に影がある。
今のいつも柔和な表情を浮かべたナギザとは何だか別人のように見える。
エリケは画像の中のナギザのほうが魅力的だと感じた。静止画の切り替え機能をストップさせて、その画像に魅入ってしまう。
白い肌に少しほつれた黒い髪。切れ長の目にどこかうつろな黒い瞳。
「エリケ。ずいぶん熱心に画像を見てるね」
エリケは後ろから声をかけられハッとした。
もちろん声をかけたのはナギザである。
エリケは振り向いてナギザの顔をみた。
いつもと同じ柔和な顔がそこにはあった。
画像の中と同じ顔である。しかしやはりどこか違う。
きっと妻と娘を失って変わってしまったのだろう。
エリケはそれをたまらなく「惜しい」と感じた。
どうしても目の前にいるナギザには、どこか不快感を感じてしまうのだ。
あまり近くにいて欲しいと思えない。相容れない。
ぬぐい切れないナギザへの拒否感によってエリケはどうにも無口になってしまう。
「………」
「さあ、昼食が用意できてるよ。食べよう」
ナギザがダイニングテーブルの席についている。
食卓の上では料理が湯気をあげていた。
こんな僻地の合成食品にしてはバラエティーに富んだ内容になっている。
エリケも席についた。
ダイニングセットは4人掛けだがナギザの対角線上の席につく。
大皿に盛られた料理をいくつか選んで自分の皿によそった。
料理はどれも、それなりの味だった。
昼食の後、家の中の他の部屋をナギザに案内してもらった。
廊下にあるエリケの向かいの部屋はナギザの部屋で、その隣はオリジナルのエリケの部屋だ。どちらもただの寝室でベッドと簡素なチェストがあるだけだった。
夫婦は共には寝ていなかったらしい。
次にナギザがエリケの部屋の隣のドアを開く。
「ここは子供部屋だよ」
エリケがのぞいたその部屋は確かに子供部屋らしい装飾の部屋だった。娘が死んでしまった後、片づけをしていないのかまだ玩具がいくつか床に転がったままだ。
子供部屋にはベッドが一つしかなかった。小さいほうの子は両親のどちらかと一緒に寝ていたのだろうか。
時が止まったままのその部屋の様子にエリケは強い寂寥感を感じて胸が締め付けられる。
胸元を手で押さえたエリケを見て、ナギザがドアを閉じる。
「それと向こうは作業部屋だ。触ると危険な機材があるから絶対に入らないように」
ナギザがリビングとは反対の廊下の突き当りにある扉を指さして言った。その突き当りは右に折れている。
「右側は玄関だよ。玄関にしろリビングの窓にしろ家の外に出るときには必ず僕に声をかける事。いいね?」
「…わかった」
たびたびナギザはエリケの行動を制限しようとしてくる。
確かにエリケでは様々な機材に対して安全か危険かの判断はつきづらいかもしれない。しかし今まで家の中で見た装置に関しては、それが何でどう使うのかエリケは判別する事ができた。
エリケを作る時にそういう知識を与えたのはナギザではないのだろうか?だったら危険な装置に関しても知識を授けてくれれば良かったのではないだろうか。
やはり単純にナギザはエリケが勝手に動き回る事が気に食わないのだろう。エリケはナギザの言動をそう認識する事にした。
ナギザがエリケの部屋のドアを開いて中にいるロボットのカロンに話しかける。
「カロン。君が廊下とリビングを行き来する事を許可する」
「確認しました」
「引き続きエリケのサポートをするように」
「了解しました」
カロンとの一連のやり取りを終えナギザはエリケのほうへ顔を向ける。
「それじゃあ僕は作業部屋にいるから。家の中で君は好きなように過ごすと良い」
そう言い残してナギザは廊下の突き当りの部屋の中に入っていった。
好きにしろと言われてエリケはどうしたらいいものか逡巡したがリビングにでも行くかと決める。
「カロン、ついてきなさい」
「かしこまりました」
カロンを引き連れエリケはリビングへ移動する。
カロンは小さなキャスターで移動する為、移動速度が遅かった。旋回性能もとても悪い。移動の途中でガタリと揺れる事もある。
エリケは先ほど座っていたダイニングセットの席につく。
「喉が渇いたな。何か飲み物を頂戴」
「カフェオレなどイカガでしょう?」
キッチンに併設してあるコーヒーメーカーがエリケのリクエストに答えた。エリケはこれに驚いた。
飲料物サポート機器が応答する事は当然予想していたが、その音声がひどく粗雑なものだったのだ。ほとんど調整されていない機械音声だ。
「ほかのモノにイタしましょうか?リクエストはありマスか?」
エリケが驚きのあまり黙っているとコーヒーメーカーがさらに返答を続けてくる。
「カフェオレを頂戴」
「かしこまりマシた」
カップにカフェオレが注がれ、すぐにキッチンサポートアームによってエリケの前にカフェオレが置かれる。
エリケはそれを一口すすった。
味はいまいちである。音声も悪い事も考えると、一度壊れて修理したか今も壊れているかのどちらかかもしれない。
飲んでみてわかったがエリケはコーヒー飲料に特別強い嗜好はないようだ。
「これはもういい。他になにかない?」
「でしたらアルコール飲料など如何でしょうか?ブランデーを召し上がりますか?」
今度は流麗な音声が応答した。こちらはアルコール専用の装置のようだ。
「それを頂戴」
「かしこまりました」
すぐにエリケの前にブランデーの入ったグラスが置かれた。
エリケは一口それを口に含んで飲み込み、ニッコリとほほ笑んだ。どうやら自分はアルコール飲料が好きなようであると自覚する。
楽しいと思える事を一つ見つける事ができて、アルコールの影響もあってかエリケは気分が高揚してくるのを感じた。
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この物語はフィクションです。
実在する名称、テクノロジー等とは一切関係がありません。